101話 帝王
人里離れた森の中、一人の男性を囲うように怪物が迫る。
男性―柳 篤は、はぁと溜息を吐きながら手で後頭部を掻き周囲の怪物へと目を移す。
「秋穂に言われて日本に帰ってみれば・・・こりゃまた面倒な事になってんなあ」
・・・
篤が日本に帰国して直ぐの事だった。
少し気分を晴らそうかと森に入り歩いていると、突然前面に漆黒の怪物が舞い降り、衝撃で大きなクレーターが作られる。
『見ツケタ、絶対者・・・殺ス』
開口一番にその怪物はそう言った。
怪物の顔には目と鼻が見当たらず、代わりに人を丸ごと呑み込めそうな程の首まで裂けた巨大な口がある。
突然現れた怪物を前に篤は、
「人違いですね、じゃっ!」
と左手を上げて後ろを向くと、全力で逃走する。
(いやいやいや! 気持ち悪いって! あいつ俺の事を隼人だと勘違いしてやがる!)
逃走する篤を怪物が追うが、その差はあまり縮まらない。
人間の速度と変わらない事に不思議に思いつつも安堵した篤は、後方から迫る怪物に振り返り、その目を見開く。
『回リ・・・込メ』
『分カッタ』
「増えてるぅうう!!」
漆黒の怪物は、その体から別の、姿だけは全く等しい怪物を生み出す。
更には、新たに生み出された怪物の肉体からも怪物が生み出され、今も尚増殖し続けている。明らかに危険な状況に篤は舌打ちをすると、
『――』
誰にも聞き取れない小さな声で何事かを呟いた。
すると、後方で追いかけていた怪物が何の兆候もなしに突然爆発した。それ程規模が大きいものではないものの、Cランク級の怪物であれば致命傷を負うであろう一撃だ。それを見た篤、怪物の生死を確認しようと一旦足を止める。
「やったか!」
この場に隼人がいれば確実に突っ込みが入ったであろう台詞の後、無傷の怪物が砂塵から勢いを止めることなく篤を狙い疾走する。
「はぁっ?! なんだよそりゃっ!」
文句を吐きつつも直ぐに足を動かして再び鬼ごっこが始まった。
Cランクの怪物に致命傷を与えられる威力の爆発を至近距離で受けてなお、傷一つ、火傷も見当たらない怪物。そして怪物の持つ能力も踏まえて篤はSランクの怪物だと推定する。
考えとしては、怪物の身体能力はかなり低いが、巨大な口が誇る咀嚼力は強力であり、奴の能力であろう【増殖】もそれなりに厄介である事。そして最大の決め手は怪物の耐久力だ。爆発の直撃を無傷でやり過ごした耐久力は十分脅威に値する。そしてその耐久力は爆発だけのものではないだろうと踏んでのSランクであった。
そして、十数分の鬼ごっこが終わり冒頭の状況となる。
周囲を怪物に囲まれた篤は足を止め頭を軽く振ると、左手で顔を覆う。
「はぁ・・・面倒くせぇ。予想通りではあるが、雷撃も氷も、鉄球なんかの物理攻撃すら無傷か・・・」
吐き出すような呟きには、先程までの焦りは感じられない。それどころか、一転した形容できない雰囲気が怪物の足を一時的に止めた。
『抵抗ハ無意味ダ・・・諦メロ。我ハ・・・アラユル攻撃ニ耐性ガアル。例エ、貴様ガ神ノ力ヲ使オウトモ・・・我ノ増殖ニハ追イツカナイ』
篤は怪物の言葉に、「ふっ」と笑みを漏らす。
「そうか・・・。まあ、あいつがその程度の逆境を越えられないはずもないが、今回は俺が手を出すとしよう」
『ナニヲイッテ・・・』
「俺の家族に手を出そうとしたんだ、喧嘩を売ってきたのはお前達だぞ」
怪物は得体のしれない目の前の人間に体が硬直するのを感じた。
しかし、それを何かの勘違いであると無理矢理の押し流す。
この身は主が作られた肉体であり、生半可な攻撃では傷一つすらつかないものであるという驕りがあった。
故に、この身の震えも、響き渡る警鐘も全てはまやかしであると。なにせ、目の前の人間は先程まで自分から逃げ回っていたではないか! 蟻のように地面を這いつくばり滑稽に踊っていたではないか! 怪物の頭を思考が駆け巡る。
篤が一歩足を進めた。
『ッ! 死ネ!』
怪物は逃げようとする体を無理矢理に動かし、篤の体を屠ろうとその巨口を開く。篤の周囲を囲っていた怪物全てが襲い掛かり、逃げ場は何処にも存在しない。
篤はそんな絶望的な光景を見つめながら、言葉を紡いだ。
『――死んでくれ』
襲い掛かる怪物の速度が死んだ。
森が死に、葉が全て枯れ落ち、地面に付く前に宙で塵と化す。
空を飛んでいたカラスが飛行中に死に地へと落ちる。
そして、篤を囲っていた怪物は、その全てが絶命していた。
「加減ミスったな。はぁ・・・あまりこの言葉は使いたくねえんだよ」
忌々しそうに顔を歪め、怪物の亡骸を避けるように歩きだす。
「秋穂も言っていたが、どうにもきな臭いな。怪物が俺を狙ったつう事は隼人も日本にいないのか? ・・・しゃあねえ俺がなんとかすっか」
篤は空を見つめ、愛する妻との子供の事を想う。
俺と同じで厄介事が自然と寄ってくる体質の息子がどうなるのか。断定する事は出来ないが、出来る限り親である自分が支えてやらねばと思う。せめて、あいつの精神がしっかりと成長するまでは。
「帰るか。蒼に土産でも買っていくか」
森に背を向け、自宅に足を向ける。
柳 篤、絶対者である隼人の父にして数多の人々を救ってきた影の英雄。
彼の能力は、声を媒介にして万物を強制的に従えさせるものだ。能力の効果は保持者たる篤の精神力に依存する。常人であれば、そこまでの効果は得られないはずだが、篤の異常ともいえる精神力がこの能力を超常のものへと引き上げていた。
その能力の名は、【帝王】
王の名を関した言霊の能力である。
◇
「やはり奴等だけは別格か・・・」
巨龍が忌々しそうに呟く。
分かっていたことではあるが、何事にも絶対は存在しない。だが、殺せまではしなくとも九匹の誰一人、傷一つもつけれない事態は、巨龍――テュポーンにとっては笑えないものだ。
「・・・まあよい。初めから殺す事が目的ではない、まさか我が動き出そうとした日にこれ程のものが生まれるとはの」
テュポーンは己の下部へと顔を向ける。
そこには一個の巨大な卵があった。赤黒い卵だ。表面を血管のようなものが蠢き、ドクンドクンと脈打っている。
そう、テュポーンの目的はこの卵だ。絶対者を狙ったのは殺す為ではなく時間稼ぎであったのだ。卵が孵化する最終段階を他の者に邪魔される訳にはいかなかった。テュポーンがわざわざ気に掛ける動きが、この卵にはそれだけの力が眠っている事の証左である。
「さあ、どうする人間? 我には届かぬまでも、ほぼ同格のものを二体も相手どれるか」
卵が揺れ、徐々に亀裂が入っていく。
殻の一部が剥がれ中身が僅かに映る。
そこには赤い、血をさらに赤く染めた深紅の瞳が外を静かに見つめていた。
今週はちょい忙しいので次回更新は土曜になります(*´▽`*)





