98話 骨の怪物
俺の隣からジャックさんが疾走し、柵の上から怪物達の蠢く場所に飛び降りる。
「少年、彼女達の事は任せたよ!」
怪物と生徒と教師達の間に降り立つやいなや、残像を残す勢いで戦場を駆けだし一閃するごとに怪物を次々に屠っていく。
「おぉ、流石だなあ」
戦闘は任せても大丈夫そうなので俺は被害者達の保護に向かう。
ジャックさんと同じように屋上から飛び降り、背後でジャックさんの戦闘を驚愕と混乱の眼差しで見ている女性たちへと振り返る。
「大丈夫で・・・」
「きゃあああ!! 気持ち悪い怪物が!」
「ここは先生に任せて貴方達は逃げなさい!」
「先生ももう限界じゃないですか!一緒に逃げましょう!」
「・・・」
ミスったな。アヒル以外のもっと可愛い被り物にすればよかった。
傍から見たら俺は気味の悪い怪物に見えてしまうようだ。
「落ち着いてください。事情があって今は被り物は外せませんが、俺は皆さんを救出しに来た者です」
「え、あれ? 怪物じゃない?」
「はい、皆さんと同じ人間ですよ」
「よ、良かった~」
「心臓が破裂するかと思ったよ!」
学生と思われる女子達が互いに抱き合って安堵のため息を吐く。か、顔が近くないか・・・?これが女学園か。
そんな妄想の捗る光景を尻目に、俺は状況確認のために近くにいる教師と思わしき女性に声を掛ける。
「状況確認をしたいのですが、まずは負傷者の方はおられますか?」
「ええ、骨折が数名、軽度の傷を負った者が数名で、重傷者、死傷者はいません。今は学園の中で治療していますので、感染症の心配もないかと」
その答えに俺は少々驚いた。
少なからず死傷者がいると思っていたが、死傷者どころか重傷者もいないとは。余程優秀な能力者が いたか、怪物のランクが低かったのだろうか?
怪物と戦いを繰り広げているジャックさんに目を移す。
数えるのも億劫になるほどの怪物が押し寄せているが、全て一撃で両断し、圧倒的な無双劇を繰り広げているようだ。
(C・・・いや、Dランク級もいるな。B以上は見当たらない、か)
どうやら怪物のランクが低かった為に今まで生存する事が出来たようだ。
「教師と生徒を二つのグループに分け、戦闘と休息を繰り返してましたが、それでもこの数となると・・・早急に来ていただいて本当に助かりました」
と、いうことらしい。
しかし、だ。
それではおかしい。わざわざ異空間を創り出した理由が分からない。
この程度の雑魚を幾ら並べたところで、特殊対策部隊の人間を殺す事など不可能だ。彼等は能力者のスペシャリスト、単騎であろうと今のジャックさんのように怪物を屠る事が可能だろう。
「あ、あの・・・」
思考の最中、一人の女学生がそわそわしながら俺に尋ねてくる。
「なんでしょう」
「あそこで戦っていらっしゃるのは、もしかしてジャック様ではありませんか!」
「ええ、そうですよ。【剣聖】ジャック・グラントです」
俺の言葉を聞いた女学生と教師は目を見開き黄色い歓声を上げる。
「良かったよ~! もう、助からないかと・・・」
「こんな近くでジャック様の雄姿が拝見できるだなんて」
「ああ、私はもう天国にいるのかもしれないわ」
「・・・」
ジャックさん、超人気である。
彼女達の表情に少しだが余裕の色も見えてきた。
外の歓声を聞いてか、学園の窓にも女生徒が姿を現して戦闘を繰り広げるジャックさんを見る。次々に歓声が広がり、瞬く間に窓際は埋め尽くされ、ジャックさんを一目見ようと姦しい状況に一変する。
もしも特殊対策部隊が来たとしても、彼女達はおそらくここまで心に余裕を持つことは出来ないだろう。怪物がいる中、歓声を上げるだなんて自殺行為はしないはずだ。
これもひとえにジャックさんが絶対者であるという事実が大きいのだろう。流石としか言えない。まだ、絶対者としての功績がない俺では無理な芸当だ。
「それで、貴方は特殊対策部隊の方でしょうか?」
女学生にそう尋ねられる。
「いえ、俺はジャックさんの助手ですよ」
「まあ! 助手の方がいらっしゃるなんて初めて聞きました! あの方の助手という事はさぞ優秀なお方なんですね」
「ふっ、それほどでもありませんよ」
アヒルの嘴を軽快に跳ねてかっこよさを演出する。
助手という設定はあらかじめ決めていたものだ。
絶対者や特殊対策部隊というよりかは相手に警戒されないだろうと思う。どこに目があるともしれないからな。
実際、俺が感覚を研ぎ澄ますと、微かにだが反応がある。
それも中々な奴がジャックさんを狙わんと息を潜めているのを感じ取った。
ジャックさんが負ける事はないだろうが、もしもの時を考え俺も準備だけはしておこう。
「本当に・・・隔絶した力ですね。あの方の自国民というだけでどうしてか誇らしくなってきます」
女性教師が熱に浮かされたような瞳でジャックさんを見つめる。
周辺一帯を埋め尽くすしていた怪物達は今では目視で数えられる程度しかいない。
「あれで終わりですね」
ジャックさんが聖剣を下に構える。
それを隙だと思ったのか骨の怪物達は飛び込むようにジャックさんの頭上から攻撃を仕掛ける。
直ぐにジャックさんは骨の怪物に周囲を埋め尽くされる。
しかし、その隙間から眩い光が漏れ出す。
「薙ぎ払え、不滅の刃」
声が聞こえると同時に、光が膨れ上がり、己の周囲の尽くを聖なる波動が蹂躙する。
怪物達が群がっていた場所には何事もなかったようにジャックさんが立ち。こちらに振り返ると軽く手を振る。
そのまま俺の場所まで歩いてくると状況の共有をする。
「重傷者、死傷者はともになしみたいです」
「おぉ、それは朗報だね。安心して下さいね、皆さん。僕が後は何とかしますから」
「ふぁ、ふぁい! あ、ありがとうございまひゅ!」
緊張して噛み噛みになってるの可愛いな。
もっと俺にも黄色い声援が欲しいんですが・・・まあ、アヒルの被り物被ってたら仕方ないか。
「で、ですが、もう怪物はいないのでは?」
「ジャック様が既に全て倒されたかと」
「この結界のようなものをどうするかという事でしょうか?」
疑問符を頭に浮かべた女生徒達がジャックさんに頬を赤くしながら尋ねる。
「いや、おそらく・・・」
言葉を言い切る前に、それは起こった。
「「「ひっ?!」」」
女生徒達がジャックさんの後ろを見ながら怯えた声を出す。
俺も顔を移して確認すると、倒したはずの怪物、その頭部がケタケタと口を動かしていたのだ。
怖気の走る光景だ。
一面に転がっている骨が嗤い、哂い、嘲笑っている。これほどまでに不気味なコーラスもないだろう。
女生徒と教師は遂には地面にしゃがみ込み息を整えようと必死に呼吸を繰り返す。
「【畏怖】・・・かな」
ジャックさんはそう呟くと軽く聖剣を振るう。
すると黄金の波動が学園全体と外に出でいる生徒と教師を包み込む。
「あ、あれ? 息が」
「落ち着いたかい?」
「は、はい! ありがとうございます!」
突然、笑っていた骨がその動きを止める。
次の瞬間、全ての骨が残骸の中心を目指し転がり出す。
集まった無数の骨は歪な体を作りだし、体の表面には骨の頭部が顔を出している。
『来た、来たよ』
『ようやくだね』
『ああ! 主よ! ようやく貴方様のお力に!』
『計画通り、絶対者の一人を呼び込めたな』
『早く殺そう! 殺しちゃおう!』
体の表面の骨が喋り出す。
その声は子供のものもあれば年老いた老人のようなものまで、明らかに歪。
瘴気が漏れ出し、聖剣に守られている場所以外が腐敗したように力を失う。花は枯れ、土は腐り、空気が毒と化す。
そして何より、あいつは言った。
“計画通り”だと、つまりここには絶対者を想定して勝利できるだけの何かがあるということ。
「推定、Sランク上位。間違いなく僕の仕事だね、依頼を捕ってきて正解だった。安心してくれ、僕一人で対処するから」
全員が恐怖に呑まれている中、ジャックさんが剣を握り、足を進める。
「それにしても・・・笑えない冗談だなあ。誰が誰を殺すって?」
――やってみろよ、虫けら。
クトゥルフ神話級のキモイのを想像してください(*´▽`*)





