第98話
総司は土方の許可を得て、二日の休みを取った。可憐と会うために…である。
そして中條は土方に頼まれて、自分が以前働いていた旅館の部屋を取った。
総司と可憐は、その部屋で一晩を過ごすのである。
その事に、可憐の親は何も言わなかった。
嫁入り前の娘を、結婚させないと決めた男と一泊させるにはかなりの決心がいっただろう。
二人を別れさせることに、なんらかの罪の意識を持っていることには違いはなかった。
総司は微笑みもなく、屯所を後にした。
中條と山野は、その総司を見送った。
……
局長の部屋-
近藤と土方は総司が出ていった後、二人でぼんやりと庭をながめていた。
別に何も話すことはない。しかし、総司への罪の意識にお互い一人ではいられなかったのである。
近藤「…なぁ、歳さん…」
土方「…ん…?」
近藤「…総司はちゃんと帰ってくるかなぁ…」
土方は苦笑した。
土方「…総司はそんな男じゃない…ちゃんと帰って来るよ。」
近藤「そうだな…。…歳さんなら、どうなるかわかったもんじゃないが。」
土方「…何をばかなことを。」
二人は、力なく笑った。
土方「…でも…それでもいいかなぁ…とも思うんだ。」
近藤「…え…?」
土方「このまま、想い人と一緒に消えてしまっても…」
近藤「おい、歳さん!」
土方は笑って手を上げ、近藤を制した。
土方「もちろん、総司にはそんなことはできない…。でも…今まで我慢してきた分、それくらいしたってばちはあたらないさ。」
近藤「おい、歳さん…。言ってることがめちゃくちゃだぞ。」
土方は苦笑した。確かにそうだ。
しかし、このまま帰ってこなくてもいいと土方は本気で思っていた。
……
居酒屋-
中條は、居酒屋で一人酒を飲んでいた。もう夕闇が迫っている。門限も近いはずだが、そんなことはどうでもよくなっていた。
中條「…今ごろ、どうしてるかなぁ…先生と可憐様…」
その時、背中に人の気配がした。殺気を感じないので、中條は刀も取らず振り返った。
礼庵が立っていた。薬箱も持っていない。
中條「先生…」
礼庵「ご一緒していいかな」
中條は苦笑した。
中條「もちろんです。」
礼庵は、中條の前の席に腰を下ろした。二人はしばらく黙っていた。
店の主人が注文を聞きに来た。礼庵は迷わず酒を頼んだ。
やがて酒が運ばれて来た。礼庵は自分で酒を猪口に注ぎ、それを飲み干した。中條は驚いた目で礼庵を見ている。礼庵がくすりと笑って、中條に言った。
礼庵「…私は、可憐殿と総司殿に…いったい何をしてきたんだろう…」
中條は「え?」と礼庵の顔を見た。
礼庵「いざ別れなければならないという段になって、何もできなかったなんて…。結局は役立たずだったってことですね。」
中條「…それを言うなら…僕だって…」
中條は、湯飲みに酒を注ぎ飲み干した。それを見た礼庵が主人に湯のみを持ってくるように言った。
主人は、何かためらいがちに湯のみを持って来た。中條は、その湯飲みに酒を注いだ。
礼庵「ありがとう。」
礼庵が飲み干した。中條も自分で酒を注ぐと、負けじと飲み干す。
礼庵「体に悪いですよ。」
中條「人のこと言えないじゃないですか」
二人はくすくすと笑いながら、お互いに注ぎあった。
礼庵「どうしてるかなぁ…可憐殿と総司殿は…」
中條「……」
中條の目から涙がこぼれおちた。やがて、ぽろぽろと止まらなくなった。
礼庵「おや…今日は泣き上戸ですか。」
礼庵が、明るく言った。
中條は机に顔を伏せて「ほっといてくださいよ…」と涙声で言いかえした。
暮六つの鐘が鳴っている…。




