第96話
雨の中-
何度も自分の名を呼ぶ可憐の声を背に聞きながら、中條は走った。嗚咽が思わず漏れ、涙がとめどなく流れ落ちる。しかしすべて雨が流してくれた。その雨に甘えて、中條は泣きながら走った。
川辺について、やっと足を止めた中條は、息を切らしながらまだ泣いていた。
中條「…可憐様…」
両膝に手をついて腰をかがめ、中條は雨に打たれたまま泣いた。
雨は中條の姿を消すようにして、長く長く降り続けていた。
……
新選組屯所-
中條は屯所の玄関の敷居に、濡れたまま座ってぼんやりとしていた。
それを見た賄いの女の子が手ぬぐいをいくつか持って来てくれた。中條は礼を言って受け取ったが、それを持ったまま、まだぼんやりとしていた。
その時、土方が現れた。
が、中條は気づいていない。
土方は中條の濡れた体を見て、すべてを悟った。
ぼんやりとしたその様子に、しばらく言葉もなく立っていたが、やがて中條の横にかがんだ。
中條「!…あっ!…副長…!」
中條は飛び上がるようにして立ちあがり、土間にしゃがんだ。
土方「構わぬ…。ここへ座れ。」
中條は立ちあがって頭を下げ、さっきのように座った。
土方「…辛い役目をよく務めてくれたな。…私からも礼を言うぞ。」
中條は驚いた表情で土方を見た。
土方「…あいつの支えはもうおまえしかおらん。…しっかり支えてやってくれ…」
中條「いえ、僕は支えになんか…」
中條は立ちあがってそう言ったが、土方は何も言わずに立ちあがり背を向けた。
土方「早く、着替えてこい。またおまえに倒れられたらかなわん。」
そう言って中へ入っていった。中條はその土方の言葉に、やっと手に持った手ぬぐいで濡れた顔を拭った。




