第93話
川辺-
近藤と総司が歩いている。
近藤「…すっかり寒くなったなぁ…。大丈夫か?総司。」
総司「はい。先生…。」
総司は穏やかな表情で近藤について歩いている。
近藤は総司を「一緒に散歩にいかないか」と連れ出したのだった。二人でこうして歩くのは久しぶりである。
二人はしばらく思い出話をしていたが、ふと話が途絶えた時、総司が前を向いたまま言った。
総司「…近藤先生…何か私に話があるのではないですか?」
近藤は、咳払いをした。
近藤「ん…んん。…まぁ、そうだ。」
近藤は少し間を空けたあとに言った。
近藤「…おまえの想い人のことなんだが…」
総司は黙って歩いている。
近藤「これから先、どうしようと思っているんだ?」
総司「…やはり、そのお話でしたか…」
総司の表情が固くなっていた。
総司「…とうとう…来たんですね…。あの人のご両親が…」
近藤「来るのをわかっていたのか?」
総司「ええ…。もともと反対されていましたから…。いつかは先生にご迷惑をおかけすることになるとは、思っていました。」
二人はどちらからともなく立ち止まった。
そして、対峙した。
近藤「…じゃぁ、私の言いたいことがわかるな。」
総司は近藤の目を見てうなずいた。覚悟を決めている表情をしていた。
近藤「…別れてくれるか…?」
総司はじっと近藤を見つめて言った。
総司「…ただひとつだけ、お聞きしたいことが…」
近藤「なんだ?言ってみろ…」
総司「…あの人に…もう一度だけ、会うことは叶いますか?」
近藤はうなずいた。
近藤「もちろんだ。」
総司は少し寂しげな笑みを近藤に見せると、深深と頭を下げた。
近藤「…よく、決心してくれたな。総司…」
総司「…あの人のためだから…。」
近藤はうなずいた。
近藤「さぁ、帰ろう。…かなり冷え込んできた…」
総司は近藤について歩いた。そして気づかれないように、小さく咳をした。
総司の部屋--
総司は文机に肘をつき、うなだれていた。
総司「可憐殿…」
涙が抑えきれず流れた。近藤の前では平静を装っていたが、やはり一人になると堪え切れない。
総司「…この日がとうとう来てしまった……」
涙が落ち、文机が濡れた。
病気でなければ、きっと近藤に逆らっていただろう。いや…そもそも、この病気の為に別れなければならないのだ。
一年前の自分ならば、近藤に逆らう元気もあったかもしれない。しかし、自分でもだんだん衰えていく体力をとめることのできないこの体で、どうやって可憐を幸せにしてやれるというのか。
総司はひとしきり泣いた後、文を書く準備をはじめた。
可憐への最後の文であった。




