第9話
祇園 料亭天見屋の奥の廊下-
総司は、舞妓の手をひっぱって奥へと進んでいく男の後ろをついていった。
男「女将!女将はどこだ!?誰でもいい!部屋を用意しろ!」
男はそう叫びちらしながら、舞妓をひきずるようにして奥へと歩いていく。奥には個室がある。
男「ちっ…。いったい女将はどこへ行ったんだ。」
そう言いながら、男が振り返りざまに、舞妓の体を自分の方へと力ずくて引き寄せた時、後ろをついてきていた総司と目が合った。
男「なんだ?邪魔するとたたっきるぞ。」
総司はそれを聞いて、初めて男の腰元を見た。刀を2本さしている。身なりもよかった。
総司「これは失礼を。厠を探しておりまして。」
男「厠ぁ?厠はあっちだぞ。」
男が総司の後ろを指差した。
総司「そうでしたか。でも、この料亭は広いから、あっちと言われましても。…できればその舞妓さんをお借りできますか?」
男「なんだとぉっ!?人を馬鹿にするのもいいかげんにしろ!!」
総司「どうも女将さんもいないようだし、他に案内してくれる人もいないんでね。」
男は顔を赤くし、刀を抜こうと舞妓から手を離したので、それを見た総司は舞妓の手を取った。舞妓は思わず総司の手にすがりつくように、男から離れ、総司の背中に回った。
総司は刀を抜いた男を前に平然としていった。
総司「いい大人が穏やかではありませんね。こんなところで刀など抜いて、恥ずかしくないんですか?」
男「…!!」
男はあちこちの部屋の障子の間から、こちらを見られているのに気づき、刀を振り上げたままとまどった。
しかし、ここで振り上げた刀をしまうこともできないらしい。しばらくぶるぶると刀を振り上げたまま、動かなかった。
その時「何してるんどすっ!?」という年配の女性の声が響いた。
天見屋の女将が、こちらに駆け寄って来ている。
総司は相手を見据えながら、心の中で安堵していた。相手の目にも、少し安堵の色が見えた。
女将「そこのお侍はん、刀を納めておくれやす!!うちの店で血ぃ流したりしたら、今後一切おたくはんの宴会はお断りどすえ!!」
男は刀をゆっくり下ろして言った。
男「女将、さっきから呼んでいたのに何をしていたんだ!女将がいないからこんなことになったんだぞ!」
女将「ええ男はんが口の減らん人どすな!どんな理由か知りまへんけど、二度とこの店ん中で刀を振り回したりせんといておくれやす!!今度騒ぎ起こしたら、そちらのえらいはんへ言いつけますえ!」
男「わかった!…わかったよ…。」
男はそう言って刀をしまい、総司を見据えた。
総司も震えている舞妓を背に、黙って見返している。




