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第86話

川辺 早朝-


朝もやのなかを、総司が歩いている。

礼庵の家からの帰りであった。


総司(すっかり、礼庵殿に迷惑をかけてしまった…)


昨夜のことは、半分記憶にない。しかし礼庵の微笑みだけは、頭の隅に残っていた。


総司(いつも私はあの人に甘えてばかりだな…)


そう思いながら歩いていると、先に人の影が映った。気合いの声が聞こえる。


総司(もしや…)


総司の予感は当たった。中條である。朝早いというのに、木刀で素振りをしていた。

一般隊士はあけ六つ(※朝6時頃)に起きて、掃除をすることになっている。ここで素振りをしているということは、もっと早い時間と言うことになる。


総司「中條君、おはよう…」


総司がそう声をかけると、中條が驚いた様子で動きを止めた。そして、木刀を右手に持ちかえて、総司に駆け寄ってきた。


中條「先生っ!!昨夜はどこへ行かれてたんですか!」

総司「すまない…礼庵殿のところで休ませてもらっていたんです。」

中條「…そうでしたか…先生はめったに朝帰りなどなさらないから心配していたんです。」


総司は苦笑した。そして、中條の手にある木刀を見て尋ねた。


総司「…朝早くから…それも、木刀で素振りですか?」

中條「…はい…どうしても、早く目が覚めてしまうんです…」

総司「しかし、君は夜も眠るのが遅いと聞いていますが…。」


中條は頭を掻いた。


中條「はあ…寝つきが悪くて…」

総司「それじゃ、疲れも取れないでしょう…。また倒れたりしたらどうするんですか。」

中條「大丈夫です。もう倒れたりしません。」

総司「…だといいですが…。」


総司は「帰りましょう」と言って、屯所へ向かって歩き出した。中條は総司に従って後から歩く。


総司「毎朝、ここで素振りを?」

中條「はい…朝はここで素振りをすることに決めています。」

総司「…いつも木刀で?」

中條「そうです」

総司「…君に稽古をつけるのが、一層怖くなったな。」


総司が笑いながら言った。


中條「何をおっしゃいます!…僕…動きが鈍いから、木刀で丁度なんです。」

総司「確かに動きは鈍いかな…。でも、君の力強さは誰にも負けないよ。」

中條「ありがとうございます!」


中條が嬉しそうな顔をしていた。


総司(彼はどうして、ここまで謙虚なんだろう…?皆、中條君を恐れているのに、本人は全く気づいてない…。)


向上心があることはいいのだが、この謙虚さの為に中條は損をしている。本人が謙遜するのをうのみにして、中條を馬鹿にする人間もいるのである。

総司はそれが歯がゆかった。しかし、本人は全く気にしていないのである。



二人は屯所へ戻った。まだ誰も起きてはいなかった。


中條「では、私は大部屋に戻ります。」

総司「ん…少し休んだ方がいいですよ。…まだ時間はあるから。」

中條「ありがとうございます。」


中條は総司に一礼し、去っていった。それとは入れ違いに副長室から土方が現れた。


土方「!…総司…!」


土方が総司に向かって小走りに近づいてきた。


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