第85話
京の町中 夜-
九郎は自分の家へと向かっていた。
九郎(…矛盾した事をおっしゃる…)
さっき、総司が言っていた言葉のことである。
「新選組」という組織に身を置きながら「命を粗末にするな」とはよく言えたものだと。人を平気で斬っておきながら、自分は「少しでも長く生きたい」と言う。あまりにも矛盾してる…と九郎は思った。
九郎(今の自分に嫌気がさしているのかも知れぬ。)
九郎は、そう思った。
……
礼庵の診療所-
裏木戸を叩く音がした。礼庵はあわてて裏木戸に向かった。
礼庵「…どちら様でしょう?」
「…私です。総司です。」
礼庵は驚いて木戸を開けた。すると確かに総司が木戸を潜り抜けてきた。
礼庵「このような時間にどうしました?」
そう尋ねてから、礼庵は「あ…」と気づいた。
礼庵「…酒を飲みましたね。」
総司「わかりますか?」
総司が微笑んで答えた。
礼庵「珍しいですね。あなたが酔って来られるなんて…」
総司「水を一口もらえませんか?」
礼庵「一口とおっしゃらず、少し休んでいかれるといい…。」
総司「かたじけない。」
礼庵はとにかく総司に水を飲ませて、中へ招き入れた。
そして、少しふらふらしている総司を、床を引いて寝かせた。
総司は少しぐったりとした様子である。かなり飲んだ様子であった。
礼庵「大丈夫ですか?…どなたと飲んでおいででした?」
総司「九郎殿です…。彼は強いですね…。さすが、中條君と飲んでいるだけある…」
礼庵「九郎殿と?…またどうして?」
総司「一度、話をしたかっただけです。…彼は…いい人ですね…」
礼庵「…?」
総司「あなたを命にかえても守るとおっしゃっていた…。」
礼庵は少しとまどったような表情をした。
礼庵「九郎殿がそのようなことを?」
総司「…本当は、私が…」
礼庵「え?…」
総司「…いや…私には…九郎殿がうらやましい…」
礼庵は笑った。
礼庵「総司殿、すっかり酔っておいでですね。今夜はここでお休みになるといい。」
総司「明日、九郎殿は…いつ来られるのですか?」
礼庵「明日は、昼からでいいと言ってあります。」
総司「…じゃぁ…それまでには帰ります…」
礼庵「わかりました。」
総司「……」
礼庵「…総司殿…?」
ふと礼庵が総司の顔を覗きこむともう眠っていた。礼庵は微笑んで、総司に布団をかけてやった。
礼庵(…いったい、九郎殿と何を話したのだろう?)
気になるが、礼庵はそれを総司にも九郎にも聞く気にはなれなかった。
総司は子供のような顔をして、眠っている。




