第8話
祇園 料亭天見屋-
会津藩との宴会が始まった。
向こうは5人、こちらは2人である。舞妓、芸妓たち、合わせて5人。
宴会と言っても、ちょっとした顔合わせ…と言った方が合っているかも知れない。
土方は総司を紹介した。相手は総司を知らない人間ばかりであるらしい。
「ほお、あなたが噂の…」
「どんな大男かと思ったが…」
「一度、その噂の腕を拝見したいものですな。」
総司は気まずくてたまらない。何か言われると「噂ほどのものではありません」と答えるのが精一杯だった。
土方は満足そうににこにことしている。
……
最初はおもちゃにされていた総司だったが、舞妓の踊りが始まったと同時に皆それぞれに酔いが回り、傍の舞妓や芸妓を相手に、勝手勝手に盛り上がり始めた。
総司(今なら、逃げられるかな?)
総司はそっと刀を取り、腰を上げようとした。が、土方がその腕を掴んだ。
土方「どこへ行く?」
総司「えっと…。厠がいいかな。」
土方「なんだ、その「いいかな」というのは。」
総司「いえ…酔いが回ってきたので、ちょっと夜風に当たりに…」
土方「だめだ。」
総司「…はい。」
総司はおとなしく、腰を落とした。
土方はおかしそうに口の中で「くくっ」と笑い、傍に来た芸妓に酒を薦めた。
土方「こっちはいい。向こうさんの相手をしてやってくれ。」
芸妓は申し訳なさそうに「へえ」と答え、土方についでもらった酒を飲み干すと、言われたとおりに向こうへと行った。
総司「お客の人数のわりに、芸妓さん達の数が少ないですね。」
総司が土方に酒を注いでやりながら言った。
土方「女将がさっき謝りに来て言っていたが、他の部屋でおおがかりな宴会をしているらしい。」
総司「へぇ…あるところにはあるんですね。」
土方「何が?」
総司「お金ですよ。こっちはないお金を搾り出して、向こうさんの機嫌を取らなくちゃならないのにね。」
土方「しっ…よけいなことを言うんじゃない。」
土方が、睨みつけて言った。
総司「おおこわ。」
総司は肩をすくめて見せた。
その時、総司の背中の障子越しの廊下で、あわただしい足音がした。
「女将っ!女将はいるかっ!?」
そう怒鳴り散らす男の声がし、かすかに若い女性の嗚咽も聞こえる。
総司はすっと刀を取り上げて、立ち上がった。
土方「総司!よせ。…ただの痴話喧嘩だ。」
総司「それを見物したいんです。すぐ戻りますよ。」
土方「…見物される方になるなよ。」
会津藩の人間も芸妓たちも、動きを止めて総司が立ち上がるのを見ている。
総司「すぐに戻ってまいります。どうぞお構いなく。」
総司はそう言って頭を下げ、障子を開いて出て行った。




