第77話
総司の部屋-
礼庵は、一通りの診察を済ませ、総司に薬を飲ませた。
土方と近藤は礼庵がきた時に、総司に促されて部屋を出て行った。
礼庵「…あれだけ、無理をしてはならないと言ったはずじゃないですか。…迷惑をかけまいとするお気遣いのつもりでしょうが、逆にこうして迷惑をかけてしまう結果になります。」
総司「…すいません…」
礼庵は、総司の額の手ぬぐいを換えながら、くすっと笑った。
礼庵「私は医者ですから構いませんが…。…でも、部屋に入りずらかったな。何か楽しそうでしたね。」
総司「そう…ですね。私が子供の時の話などしてましたっけ…」
礼庵「聞くともなしに聞いてしまったのですが…二人とも、まるで親が子供のことを話すような口ぶりでしたね。」
総司は視線を礼庵から天井へと移した。
総司「…近藤さんと土方さんには、親以上に世話になっています。私にとって…かけがえのない人達です。」
礼庵は微笑んだ。
礼庵「では、なおさらのこと、迷惑をかけてはいけないではないですか。」
総司「……」
総司は一瞬黙ってから、言った。
総司「…私は…これからどんどん弱っていきます。いつか、自分でも自分の体をどうすることもできなくなる時がくるでしょう。」
礼庵「!…」
総司は礼庵を見た。
総司「…できるだけ遅らせたいのです。皆に迷惑をかける時間を。少しでも迷惑をかける時間を短くしたいのです。…それには…気を張って耐えられるうちには、できるだけ耐えておかなければ。」
礼庵「…総司殿…。」
礼庵は目頭が熱くなるのを感じた。自分の体のことは自分がよく知っている…のであろう。
礼庵「気持ちはわかりますが…それでは寿命を縮めるだけです。少しは自分の体に正直にならなければ…。決められた薬をちゃんと飲んで、務めのない時はできるだけ体を休めて…よく食べて…。それが皆に迷惑をかけないですむ方法です。」
総司「…わかりました。」
礼庵は、はっとした。
礼庵「申し訳ない。…説教などしては、あなたを疲れさせてしまうばかりですね。…さぁ、ゆっくりお休みなさい。もうすぐ薬も効いてくるはずです。…胸の方の薬はまだありますか?」
総司は首を振った。
礼庵「では、中條さんに取りに行ってもらいましょう。」
礼庵がそう言うと、外で「すぐに行ってまいります」という声がした。中條がずっと外で礼庵の診察が終わるのを待っていたのである。
礼庵「頼みます。それまで私がここにいますから。」
礼庵がそう言うと、ふすま越しに中條の返事が聞こえ、遠ざかる足音がした。
礼庵はふと何かを感じ、背中のふすまの方を見た。
総司も何か気になるように、ふすまを見ている。
礼庵はそっと立って、ふすまをさっと開いた。
わっと言う声がした。山野を先頭に一番隊の何人かがそこに座っていたのである。
総司を心配して、中條と一緒に診察が終わるのを待っていたのであった。
礼庵が笑って、総司に言った。
礼庵「…いい部下をお持ちですね。」
総司は驚いた表情を微笑みにかえて、「ええ」と答えた。




