第73話
川辺-
九郎は刀を構えたまま、しばらく動けなかった。
こんなつもりではなかった…と思ったとき、「中條君!」という声が遠くからした。
中條と九郎が、思わず声がした方を見ると、総司がこちらに向かって駆け寄ってきていた。
中條は総司を見てぎくりとした顔をした。それに対して、九郎の方がほっとした表情をしている。
中條「沖田先生!!来ては駄目です!!…九郎さんは…」
総司はそれに構わず、九郎の傍まで駆け寄っている。そして息を切らせて九郎に言った。
総司「斬るのなら私にしなさい。私の首は30両だそうだ。」
九郎「!?」
中條「!?先生っ!!」
中條が思わず立ち上がって、九郎に言った。
中條「九郎さん!…沖田先生を斬ったら、誰が一番悲しむかわかりますよね!?」
九郎「…?」
中條「九郎さんが、一番大事に思ってらっしゃる方です」
九郎「…!!」
総司「?」
総司が不思議そうな表情をして、中條と九郎を見比べている。
九郎は中條を見つめて、ただ黙って突っ立っていた。九郎にはもう、中條を斬る気も失せていた。そして総司をも。
この2人が、お互いを守ろうとする気持ちが痛いほど伝わってくるのである。
そして、今中條が言った「誰が悲しむか」という言葉…。
九郎はふと苦笑いしながら言った。
九郎「…ばかやろう…おめえを斬っても、あの人は悲しむさ。…そして俺を軽蔑するだろうな…」
中條「…九郎さん…」
九郎は刀を納めた。そして一つ大きく息をついた。
九郎「負けたよ…。大した主従関係だ。」
九郎のその言葉に、総司と中條がほっとしたように息をついた。
九郎「さぁ、今度はおめえが俺を斬る番だ。一度裏切ったのを見逃すわけにはいかないだろう?」
中條は、首を振って答えた。
中條「九郎さんを斬ったりしません。…同じことはしないと信じられるから。」
総司も、微笑んでうなずいている。
九郎の表情が、みるみるうちに崩れた。それと同時に2人に背を向けた。
九郎「…馬鹿だなぁ…おめえは…。ほんとお人好しもいいところだ…」
九郎の声が震えている。
総司「九郎殿…聞きたいことがあります。」
九郎「なんですか?」
九郎は振り返らないまま言った。
総司「どうして、中條君を?あなたなら、もっと簡単に斬り倒せる相手もいたでしょう。」
九郎「負ける勝負は最初からしない性分ですが、簡単に殺れる相手じゃ金をもらう気がしなかった…。…それに一度、中條と本気で斬りあいたいとも思っていたんです…。それをこいつは、すぐに放棄しやがって…。」
中條「九郎さん…僕じゃ相手にはなりませんでしたよ。」
九郎のその言葉に、中條は頭を掻きながら、照れくさそうに言った。
総司「それで…九郎殿が一番大事な人って?」
中條「あ、それはですねぇ……ふがっ!」
九郎は危ういところで、中條の口元を手で塞いでいた。
九郎「ばかっ!!沖田殿の前でそれを言うなっ!!」
中條はその手を振り払って走り出した。そして大分離れてから叫んだ。
中條「時間の問題です!どうせばれますよー!!」
九郎「待て----っ!!やっぱり斬ってやるーーーっ!!」
九郎がそう言いながら、中條を追いかけた。中條が笑いながら逃げる。
総司は、その2人を笑いながら見ていた。
総司「まるで子供だな。」
総司は、ほっと肩の力を抜いた。そして、
総司「…やはり九郎殿はあの人が好きなのか…」
そう呟いた。




