第72話
川辺-
九郎が突然、屯所へ中條を訪ねてきた。
今まで、九郎がそんなことをしたことがなかったので中條は驚いたが、誘われるまま川辺まで一緒に歩いた。
九郎「…聞いたか?…新選組隊士の首に賞金がかかってるって…」
中條「ええ。1人3両だそうですね。…そんなに噂になっているんですか?」
九郎「ああ…。あちこちの道場にも知れ渡っている。」
中條「卑怯なやり方だな…」
九郎「身辺…気をつけろよ。」
中條「ええ。」
九郎「俺にも油断するな。」
中條「…え?」
中條が思わず立ち止まったとき、九郎がこい口を切った。
中條「…!!」
中條は驚く前に、やはりこの時がきたかと思った。思わず刀に手をかけたが、抜かずに九郎との間を取った。九郎は刀をゆっくりと抜き、中條に向けた。
九郎「悪く思うなよ…。3両たぁ、おめえらにははした金だろうが、俺たち貧乏人には堪えられない額なんだ…。首をもらうぜ。」
中條「申し訳ないが、私闘は禁止されているんです。あなたと刀を合わせる訳にはいかない。」
九郎「私闘じゃねぇ。襲われたと言えばいいんだよ。…まぁ、その心配もしなくていい。ここでおまえは死ぬんだからな。」
中條「……」
九郎が、不敵な笑みを見せた。中條は九郎の腕を知っている。それだけに恐怖が先に走った。
九郎「抜け…。敵に背を向けて逃げたりしたら、どっちにしても切腹なんだろう?やるだけやってみたらどうだ?」
中條「嫌です。…九郎さんと刀を合わせたくない。」
九郎「甘ったれたことを言うなっ!!そんなことで、この世を渡りきれるか?…まぁ、新選組っていうぬるま湯につかってりゃ、そういう心配もないだろうけどな。」
中條「……」
九郎「…さぁ、抜け!」
中條、黙って刀を抜き九郎と対峙する。
二人の間に緊張の糸が張ったような空気が漂っている。
九郎(…勝負は五分五分というところか…相打ちになるかもしれねぇな…)
九郎は、じりじりと間合いを詰めた。
その時、とたんに中條が構えを解き、刀を下ろした。
中條「やめた!」
九郎「!?なに?」
中條「こんなことで闘うのもばからしいです。…とっとと、斬ってくださいよ。」
中條は刀を放り投げて九郎に背を向け、その場にあぐらをかいた。
九郎「おっおい…お前…!勝負を投げ出すってのか?」
中條「ええ、そうです。あなたも前にやったでしょう?そのお返しです。…さぁ、斬ってください。」
中條は、そう言って襟をひっぱり緩めた。がっしりした体つきの割に、すっとのびた中條の首が九郎の目に飛び込んできた。九郎はそれを見て、気が抜けたように刀を下ろした。
九郎「あのなぁ…!人をおちょくるにもほどが…」
中條「僕は本気ですよ。斬ってください。…九郎さんなら一瞬でしょ?」
中條は、ちらと九郎を横目で見て言った。中條は本気だった。口元には笑みを見せているが、目は鋭い光を持っている。
中條「ああ、それから。」
九郎「な、なんだ?」
中條「介錯の経験はありますか?」
前に九郎が言った言葉だった。九郎はしどろもどろに答えた。
九郎「そ、そんなものねえよ。」
中條「ないんですか?…参ったなぁ…。一思いにお願いします。痛いのはいやなので。」
中條の声は落ち着き払っている。
九郎は刀を握りなおし、天に刀を突き立てるように、ゆっくりと振り上げた。




