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第68話

川辺-


華一は礼庵が差し出した腕に思わずしがみつくようにして泣いた。

礼庵はそのまま華一を抱き寄せた。


礼庵「あのね…華一殿…」


礼庵は、肩にしがみついて泣く華一に、諭すように話しはじめた。


礼庵「どんな人でも…この世に、手の届かない人って…いないんじゃないかな…・。」

華一「…!?…」


華一の嗚咽が一瞬止まった。


礼庵「あなたは自分が遊女であることに、何か負い目のようなものを感じておられるように思えるのだけれど…」

華一「……」


華一は礼庵の肩の上でゆっくりとうなずいた。


華一「…仰るとおりどす…。うち…今まで恋しても…遊女やから…想いが届いたことあらしまへん。…そやさかい…沖田はんのことも…」


華一はそこで言葉を切った。…後は辛くて言えなかった。


礼庵「…総司殿に限って言えば…あなたが遊女だからとか…そんなことは考えていないと思いますよ。」

華一「…!…」


思わず顔を上げた華一に、礼庵が微笑んでいった。


礼庵「…ただ…時が遅かった…。…総司殿には心から好いている人がいます。…あの人は一途な人だから…その人以外、目を向けることなどできないと思います。」

華一「……」


華一の嗚咽が再び始まった。…礼庵は華一の頭を抱いて、しばらく黙っていた。華一が泣きたいだけ、泣かせてやろうと思ったのである。


……


やっと、華一の嗚咽がおさまった。礼庵は「大丈夫?」と華一の頭を抱いたまま尋ねた。

華一はゆっくりとうなずいた。


礼庵「…きっと、あなたにも…いつか恋が叶う時が来ます。」

華一「…・そうどすやろか…」

礼庵「信じて…。信じなければ、叶うものも叶いませんよ。」


華一はくすくすっと笑ってうなずいた。


礼庵「遊女だからだとか、そんなことは考えないで。…きっといつか…あなたを救ってくれる人が現れる…。その時が来るのを待ちなさい。決してあきらめてはなりませんよ。」


華一は再びうなずいた。

そして、ふと礼庵の顔を見て言った。


華一「…礼庵先生…美輝はんのこと…どうかたのんます。」

礼庵「!?…え?」

華一「美輝はん…先生のこと…心から慕うてます。…どうか…助けてあげておくれやす。」


礼庵はしばらくとまどった表情をしていたが、やがて、柔らかい微笑を見せた。


礼庵「…ええ。…貧乏医者から抜け出せたら…いつかきっと…。」

華一「…よかった…。美輝はん…それ聞いたら喜ぶと思います…」


華一は指で涙を払い、再び礼庵の肩にもたれた。


華一「…こんなとこ…美輝はんに見られたら怒られますなぁ…。でも…もう少しだけ…肩…貸しておくれやすな。」


礼庵は笑ってうなずいた。

華一は礼庵の肩の上で目を閉じた。


華一(また…恋をしよう…破れることを恐れないで…恋をしよう。)


華一は心の中でそう決心していた。

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