第63話
総司の部屋 夜-
総司は文机に肘をつき、開いた障子から月を見上げていた。
そして、ふと振り返り、壁にかけている着物を見た。
可憐が縫ってくれた着物だった。男物は初めてだったという。
生地は濃い目の若竹色で、どちらかというと鮮やかな雰囲気があった。
……
『少し派手に思えたんですが、礼庵先生に先にお見せしたら、総司さまに似合いそうな色だと言ってくださって…』
可憐はそう言って、顔を赤らめた。
総司はとっさに可憐の手を取った。指の先にはいくつか刺し傷があった。それを見られた可憐は驚いて手を引っ込めた。
可憐『意地悪な総司さま…』
そう言ってふてくされた。その可憐を総司は思わず抱きしめていた。
……
その時のことを思い出し、総司は体が熱くなるのを感じていた。
嬉しかった。今まで、着物など誰にも縫ってもらったことはなかった。
土方や近藤などは、祇園や島原の芸妓などに縫ってもらっているのを着ていた。
総司は大抵、自分で選んだ生地のものを仕立て屋に縫ってもらうくらいだったので、うらやましく思っていたのだった。
総司(明日、着てみよう。…そして礼庵殿に見てもらおう。)
総司は、この色を似合うと言ってくれた礼庵に一番に見せたいと思った。
その時、屯所前の門のあたりが騒がしくなった。
怒号が聞こえ、ばたばたとあわただしい足音がする。
総司にはそれが何かわかっていた。
総司「さぁ、助けてあげなきゃ。」
そうのんびりと呟いて立ち上がった。
騒ぎの張本人は、中條であった。
門限もとうに過ぎているのに、門から入ってこようとしたらしい。
もちろん、一般隊士が門限を過ぎて外へ出ることは禁じられている。このままだと、即、切腹である。
「早く、副長のところへ連れて行け!!」
そんな声がした。総司は玄関まで出て、にこにこと微笑みながら中條を迎えた。
総司「おかえり、中條君。頼んでいた用は、済ましてくれたかい?」
中條はしばらく目を見開いていたが、やがてはっとして「はい」と答えた。
総司は両脇から中條を押さえつけている隊士2人に言った。
総司「騒がせてすまない。どうしても、済ませておかねばならない用があってね。中條君に頼んでいたんだよ。」
中條を押さえつけていた隊士2人は、しぶしぶ中條から離れた。局中法度を破った者を見つけた隊士には、金一封がでることになっているのである。隊の規律が崩れないよう、お互いを見張らせる土方のやり方である。
総司「中條君、そのまま私の部屋へ。話を聞きたいから。」
中條は一礼して、総司についてきた。
総司には中條がどこへ行っていたのか、もちろんお見通しである。
部屋に入ったとたん、苦笑しながら中條に言った。
総司「門から堂々と入るなんて君らしいけれど、せめて、こっそり塀を越えて入ってくれないかな。私が寝ていたら大変なことになっていたよ。」
中條「…申し訳ありません。」
総司「礼庵殿を送っていってくれたんですね。…ありがとう。明日、あらためて礼を言いに行くつもりです。」
中條「!…そうでしたか…。」
総司「君にもいろいろと迷惑をかけて申し訳ない。」
中條「…!いえ…。」
中條はとまどったように下を向いた。
総司は開いたままの障子から、月を見上げた。
総司「…いい月だね。」
それを聞いて、中條は顔を上げた。そして総司の頭越しに見える月を見、目を細めた。
中條「はい。…先生。」
2人はしばらく黙って、月を見上げていた。




