第53話
礼庵の診療所-
総司は、久しぶりに礼庵を訪れていた。
礼庵「あの女将さんらしいですね。」
礼庵は、総司から昨夜のことを聞き、そう言って笑った。
礼庵「それで?…ちゃんとうなぎは全部食べられましたか?」
総司「ええ。なんとか…。でも、まだ胃が重いんですよ。」
礼庵「食べなれていないからでしょう。たぶん、脂もかなり乗ったのを食べさせられたのだと思いますよ。」
総司「でしょうね。」
礼庵「薬を出しておきましょう。少しはすっきりしますよ。」
礼庵はそう言って、診察室へ入っていった。そして間もなく袋を持って出て来た。
総司は袋を受け取り、礼を言った。
そして、しばらくたわいのない話をしたあと、総司は礼庵の診療所を後にした。
総司「みさは、今日も稽古か…」
総司は、そう少し寂しい気がしながら歩いていると、遠く前から風呂敷包みをもった女性が歩いてきた。
背はあまり高くない。しかし、どこかで見たことのある顔だった。
だんだん、その女性が近づいてくる。
やがて総司は、はっとした。
なんと、その女性はみさだったのだ。
総司は思わずその場に立ちすくみ、みさを凝視した。やがてみさも総司に気づいたらしく、小走りに走り寄って来た。その走り方さえ大人の女性のようである。
みさ「おじちゃん、こんにちは」
総司「ああ、こんにちは。今、礼庵先生の所へ行っていたんだ。みさと遊ぼうと思ってたんだけど、稽古だったんだね。」
みさ「はい。」
みさが、はにかんだような表情をした。何か他人行儀である。
もう以前のように、とびついてきてくれることはないのかと思うと、寂しくなった。
総司「…みさ…すっかり大人になったね。」
みさは、頬を染めて下を向いた。
みさ「…おおきに…」
総司「寂しいけど…仕方がないね…」
みさが驚いた表情をして、総司を見上げた。
みさ「…寂しい…どすか?」
総司「いや…ごめん。…それでいいんだよ、みさ。…また、会いに来るね。」
総司はそう言って、歩き出した。これ以上、みさと言葉を交わしたら、涙が出そうな気がしたのである。
総司はみさの視線を背に感じながら、足早に歩いた。どうしても、振り返ることができなかった。




