第51話
祇園の夜--
総司は渋い顔をしながらも、一番隊士達を連れて祇園へ向かった。
総司から土方に頼んで、一般隊士も今夜は夜遊びを許されることとなった。
一行が総司を先頭に料亭へ入ると、女将が丁寧に三つ指をついて出迎えた。
女将「おこしやす~。お待ちしておりましたえ。」
女将は一番隊士達を中へ誘った。酒宴の準備がされた、広間に通された隊士達は思わず「おお」と声を漏らした。
総司は会津藩との話し合いと称した酒宴でなれているが、一般隊士には初めてのものが多い。
上席にはもちろん総司、その前に並んだ膳の前にそれぞれ思い思いに座った。今夜は無礼講ということにしたので、席順でもめることもなくすんなりと落ち着いた。
やがて舞妓達が現れ、酒が振舞われた。
総司の横には、一人舞妓が座っている。総司も顔を知った舞妓だった。
舞妓「沖田はん、この前はせっしょうどすえ…。急にいなくなりはって…」
沖田はぶすっとしたままの表情で「すまない」と答える。
舞妓「今日は、離しまへんえ。覚悟しておくれやす。」
沖田は黙って注がれた酒を飲み干して、無愛想に猪口を舞妓に差し出す。
舞妓はくすくすと笑いながら、総司に酒を注いだ。総司の無愛想な顔には舞妓も慣れている。
舞妓「…と、言いたいところどすけどな、沖田はん…」
総司は、ふと舞妓に向いた。
舞妓「実は、女将さんから奥の部屋にお通しするよう言われてるんどす。女将さんが沖田はんに話したいことがある言うて…」
総司「女将さんが?」
舞妓「へえ…皆さんが盛り上がり始めた頃に来てほしいそうどすわ。」
総司「んわかった。」
総司は不思議に感じながらも、杯を口へ持っていった。
しばらくしてから、慣れぬ酒宴におとなしかった少し隊士達も、徐々に盛り上がってきた。
総司は、横の舞妓に声をかけ、そっと立ち上がるとその場を抜けた。
総司は小部屋に入った。
誰もいないが、膳が一つ用意されていた。総司がその膳の前に座った時、女将が入ってきた。
女将「沖田はん…すんまへんな。わざわざ呼びつけて…」
総司「いえ…」
女将は、盆に載せた銚子を手に取って持ち上げた。総司は女将の酌を受け、一口飲んだ。
総司「!?」
総司が目を白黒させているのを見て、女将がくすくすと笑った。
総司「これは水ですか?」
女将「そうどす。お体の具合が悪い時に、酒はあきまへん。」
総司は「やられたな」と言って笑った。女将は一緒に笑っていたが、やがて真顔になって総司に言った。
女将「沖田はん…今日、お会いした時、顔色が悪くてびっくりしたんどすえ。…ほんまに大丈夫どすか?」
総司「そんなに顔色が悪いですか?」
総司は思わず自分の頬をなでた。
女将「…久しぶりどしたから…よけいにそう見えるんかもしれまへんけどな…。ほら今夜は精のつくもん用意しましたさかい、食べておくれやす。」
総司はそう言われて、膳の上にある大ぶりの碗の蓋をあけてみた。…うなぎの蒲焼であった。食べやすいように細かく切ってある。総司は思わず顔をいがめる。
それを見た女将がくすくすと笑った。
女将「…いやがると思いましたわ。…でもな、沖田はん…沖田はんの体は自分一人のものやありまへんえ。…想い人はんにどれだけ心配をかけてるか…」
総司はどきりとして女将を見た。
総司「…あの人のことを…知っているのですか?」
女将「もうずっと前から知ってます。わざわざ口に出すこともないと思って、言わんかっただけなんどす。」
総司「(苦笑して)そうでしたか…」
女将「女を泣かしちゃあきまへんえ。男がすたります。」
総司は「わかりましたよ」と言って笑った。
女将「わかったんどしたら、食べておくれやす。骨もあたらんほど柔らかいうなぎどすえ。なんなら、うちが食べさせてあげましょか?」
総司はあわてて箸を取った。
総司「いえ結構です!…でも、これを食べて夜眠れなくなったら、女将さんのせいですからね」
女将は笑った。
女将「その時は、子守唄でも歌わせてもらいますわ。」
総司「…よけいに眠れそうにないな…」
女将「なんて言ったんどす!?」
総司「いえ、なんでも!…いただきます。」
総司は、顔をいがめながらも、うなぎに箸をつけた。女将はじっとそんな総司を見つめている。
…全部食べ終わるまで、女将は許してくれそうになかった。




