第50話
京の町中 一番隊巡察中--
一番隊が祇園の狭い道を通っている時である。
もうすぐ道を出るというところで、総司の目の前を黒い影がさっと横切った。
何かをかかえて走っているように見え、総司はあわてて男を追いかけた。
すると、後で「掴まえて!」という女性の声がしたので、ふと立ち止まった。
その女性の声を聞いて、足に自信のある隊士が数人が進み出た。
総司「斬るな。掴まえて連れて来るんだ。」
隊士達はそれぞれ返事をすると、走って行った。
そしてあらためて振りかえると、女性が息を切らして、一番隊に近づいてきた。
女性「…み、店のお金をみな…」
総司はその女性を見て、ふと見たことがあるなと思った。そして、次の瞬間「あっ」と言って口を押さえて、女性に背を向けた。
女性「あ!…沖田はんやありまへんか。」
皆、驚いた表情で総司の背を見る。
総司「…いや、先生は先頭に立って走って行かれましたよ。」
声色をかえて総司が言った。
女性「沖田はんっ!!」
総司は肩をすくめた。
女性は総司の腕を取って、自分の方へ向かせて「そんなんでごまかせるわけありまへん」と睨みつけた。
総司は、咳払いをしてごまかす。
女性「この前のお座敷の時、なんで途中で逃げたりしはったんですか!」
総司「この前と言っても、だいぶ前じゃありませんか?」
女性「だいぶ前やからって、許しまへんえ!」
総司「…はあ…(^^;))
女性「ほんまにあの時は沖田はんが帰りはってから、舞妓さんらが機嫌悪うなってしもて…大変やったんどすえ。」
総司「土方さんがいらっしゃったではありませんか。」
女性「確かに土方はんが残って下さっていたおかげで、なんとか場は持ちましたけどな。でも、二度と御免どすえ。こっちが気を遣うんどす。」
総司「はいはい」
女性「「はい」は、一回でよろしおす!!」
総司は耳に手を当てて、肩をすくめた。見ると周りの隊士達も同じ格好をしている。
女性は、はっとした様子で、隊士達を見渡した。
女性「いやぁ~すんまへんな~。ちょっとこの「先生」にえらい目に遭わされましてな。顔見たらなんや一言言いたくなって。堪忍どすえ。」
皆、愛想笑いでごまかしている。
この女性は、会津藩御用達の料亭の女将である。総司は名前を思い出そうとするがなかなか思い出せなかった。
京で生まれ育った人間なのだが、それにしては裏表がなく、総司も嫌いではなかった。
が、やたらと口うるさかった。
女性「そうそう、沖田はん、ちゃんと食べるもん食べてますか?…ほら、顔色も悪おすえ。好き嫌いせんと食べなあきまへんえ…。」
(また始まった)と沖田は思った。この女性の説教は長い。
しかし、今回は短く済んだ。
というのは、店のお金を盗んだ男を捕らえて、隊士達が戻ってきたのである。
女性「いやぁ~っ!おおきに~!」
店のお金の入った包みを渡されて、女性は大喜びした。
女性「さすが、沖田はんの一番隊どすな。掴まえるのも早いわ~」
沖田は捕まえてきた男を番所へ連れて行くように指示し、「では」と言って帰ろうとした。
女性「待っておくれやす!」
女性は沖田の袖を掴んだ。
女性「助けてもろて、手ぶらで帰す訳にはまいりまへん。それに、沖田はんにはこの前の貸しがありますさかいな。」
女性がにこにこと笑っているのを見て、総司は「まさか」と思った。
女性「よかったら皆さん、うちで飲んでおくれやす。とびっきりの舞妓達を呼びますさかいに。」
総司「!!!!!!」
総司は「だめですよ」といおうとしたが、周りの隊士達は喜びの声をあげている。
総司「だめです!まだ巡察の途中なんです!」
その総司の言葉に、急に隊士達がうなだれた。
女性「そしたら、終わってから来たらええんどす。座敷を一つあけて待ってますよって。絶対来ておくれやすな。」
総司「いや、その…女将さん…」
女性「来ておくれやす!」
どすの聞いた声で脅されるようにして、総司は思わずうなずいていた。
女性「ほな、お待ちしております~」
急にしおらしい声をだして、女将は去って行った。
総司は「は~っ」とため息をついた。周りの隊士達は、何かにやにやしている。
総司「まだ巡察中ですよ!気を緩めないように!」
総司にそう一喝されて隊士達は、表情を引き締め返事をした。
その時、中條が総司に近づいてきた。
中條「先生、巡察が終わったら、土方副長にこのことを僕がご報告に参ります。いったん屯所に戻るのも大変でしょうから。」
総司「ちゅうじょうくん」
名前を強調するように総司が言った。中條はぎくりとした表情をして「はい」と答えた。
総司は中條に囁くように言った。
総司「…自分だけ逃げるだなんて卑怯ですよ。屯所へは一旦戻ります。」
中條「はい…(^^;)」
総司は「さぁ行くぞ」と言って、また先頭に立って歩き出した。




