第5話
町中の一屋敷-
総司は構えは解いてはいるが、気を緩めずに尋ねた。
総司「藩と名を。」
男「藩は勘弁してくれ。名は神崎だ。」
総司「では神崎さん、何故、この人達を使って、我々を手こずらせるような事をするのです。」
神崎「…それは…」
と何かを言いかけたが、突然「手を出すな!!」と怒鳴った。総司の後ろから、誰かが襲いかかろうとしていたのだ。
神崎「ひきょうなことをするな。…この沖田とやらは、話し合いに来ているんだ。」
総司はじっと動かない。
神崎「下のもんにも伝えろ。じっとしてろってな。」
総司の後ろの男はとまどったように、刀を総司に向けたまま動かない。
総司「…残念ですが…もう下の人たちは、口も利けないはずです。…私の部下に正面からかかって助かる人はいません。」
神崎の眉がぴくりと動いた。そのとき、下から伍長を先頭に、一番隊士達が上がってきた。
総司は振り返って、隊に向かって手をかざした。皆、それを見て立ち止まったが、神崎達に向いて刀を構えた。
総司「恨まないで下さい。元々はそちらから仕掛けてきたことです。そうでなければ、ここへ来ることもなかった。」
神崎は目を吊り上げたが、やがてため息をついて、首を振った。
神崎「確かにな…。」
総司は、黙って刀を鞘に収めた。伍長以下、一番隊士たちは驚いて総司を見た。
が、総司は「大丈夫だ」というように、伍長にうなずいて見せた。
神崎「沖田とやら…すべては俺の指図したことだ。こいつらには罪はない。…助けてやってくれるか?」
総司「奉行所へ行ったときに、同じことを言いなさい。…あとはあちらが決めます。…私には何もできない。」
神崎「…わかった…」
神崎はまだ刀を構えている男達を見回して言った。
神崎「…この沖田の部下とやりあって、生きて帰れないんだとよ。死にたくなかったら、刀を捨てろ。…もう遊びは終わりだ。」
男達は皆、握り締めている刀を震わせ、声を押し殺して泣いた。
神崎「手数をかけたな。…大勢仲間がいると、何でもできるような気になってな…ちょっと天狗になっていた。この世もひっくり返せるような気にな。」
総司「……」
総司は神妙な表情で黙っていた。
神崎は両手を差し出した。縄をかけろというのだろう。
総司「必要ないでしょう。」
総司がそう言うと、神崎は喉の奥を「くっ」と鳴らして笑った。
……
総司は、夜遅くの出動から帰ると、すぐに床に入り眠った。
どれくらい寝ていたかわからないが、何か人の気配を感じ、ぎくりとして飛び起きた。
「俺だ、俺だ」
とっさに刀架けに手を伸ばそうとした総司に、誰かが笑いながら言った。
よく見ると、土方であった。
総司「もうっ!びっくりするじゃないですか!!」
寝顔を見られることほど恥ずかしいものはない。総司が怒ってそう言うと、土方が「くくく」と笑った。
総司「…全く、人の寝顔を見てて何がおかしいんです。趣味が悪いなぁ。」
土方「別に寝顔を見てたわけじゃない。今、入ったところなんだ。」
総司「本当ですか?」
土方「本当だよ。信用できんか?」
総司「できません!」
総司がそう言いきると、土方は声を上げて笑った。
土方「そんなに信用がないのか。…まぁ、怒るな。」
総司は何かふてくされて座っている。寝起きは元々悪い方である。
総司「…それで、何の御用ですか?」
土方「昨日の、神崎とかいう奴だが…」
総司「!!」
総司はさっきまでとんがらせていた口を戻した。
総司「…どうでしたか…!?」
総司は神崎を許してもらえるよう、奉行所に頼んだのだった。それを何故か土方が聞いていたらしい。
土方「残念ながら、処刑されるそうだ。その代わりに、神崎以外の者は釈放になるらしい。」
総司「!!」
総司は目を伏せた。
総司「…無理だとは…思っていましたが。」
土方「知り合いだったのか?」
総司「そうじゃありません。」
土方「……」
総司「あの時会っただけですが…死んで欲しくない人なんです。…」
土方は総司の気持ちがわかるのか、うなだれる総司にそれ以上何も言わずに、部屋を出て行った。




