第45話
礼庵の診療所 夜-
礼庵は縁側に座り、ぼんやりと月を見上げていた。
殺された遊女のことを思い、眠れなかったのである。
礼庵(…まるで道具のように扱われて、道具のように殺されて…)
同じ女としてやりきれなかった。
しかし、いくら自分が憤ってもどうにもならない。美輝もいつか同じようなことにならないかと思うと、気が気でなかった。
その時、木戸を叩く音がした。少し乱暴な叩き方である。
犬小屋で寝ていたシロがとたんに飛び出してきて、大声で吼えた。シロも体が大きくなり、吼え声もかなり大きい。
礼庵はあわてて庭におり、シロをなだめながら尋ねた。
礼庵「どちら様でしょうか?」
「俺だよ!東だよ!」
礼庵は、あわてて木戸を開いた。東は入ってくるなり、礼庵によりかかってきた。礼庵が思わず体を避けると、東はそのままばったりとうつぶせに倒れた。それを見たシロが、東の背中に飛びかかった。
東「うおわっ!!おいっ!なんとかしろ!!」
礼庵「あなたが私に、よりかかったりするからですよ。」
礼庵が笑いながらそう言い、シロをなだめた。
礼庵「大丈夫だよ。この人は悪い人じゃないからね。」
シロは尻尾を振って、礼庵の顔をなめた。東は起き上がりながら言った。
東「なんだ?いつ犬なんか飼ったんだ。」
礼庵「総司殿が、怪我をしているこの犬を連れてきたんです。他で飼うあてがないので、うちで飼うことにしたんです。」
東「ほおん…。総司殿…ね。」
東は何か先を言おうとしたが、ふと口を閉じ、縁側にどっかと仰向けに寝た。
礼庵「かなり酒を飲みましたね。ひどい臭いだ。」
東「…なーんか、やりきれんでなぁ…。」
礼庵「…東さんもですか…」
東「お前も、あの殺された遊女のことを考えていたか。」
礼庵も、東の横に座った。
礼庵「ええ。」
2人はしばらく黙り込んでいた。先に口を開いたのは東だった。
東「…なぁ…お前…。沖田さんの事、どう思ってるんだ?」
礼庵「え?」
礼庵は、ぎくりとして東を見た。東は礼庵を、完全に男と思い込んでいるはずである。
東は鋭い目で、礼庵を見つめている。
礼庵「いやですね。…大切な友人です。それだけですよ。」
東「ふーん…。なんだかそれ以上のものを感じちゃうんだけどなぁ。」
礼庵「…何を言うんですか。」
礼庵は苦笑した。まぁ、いつかは女だとばれるとは思っていたし、東なら別に構わないとも思っている。
しかし、東の口からは意外な言葉が発せられた。
東「俺ってさ。結構そういうことに、理解はあるつもりだよ。」
礼庵「??…そういうこと?…って?」
東「おい、口に出して言わせる気か?」
礼庵「ええ。言ってくださらないとわかりませんが…?」
東はふとあたりを見渡し、礼庵に手招きをした。
礼庵は、東の顔に自分の耳を近づけた。
東「…おぬし、衆道だろう?」※衆道=ゲイ
礼庵「!!!!!!!」
礼庵は、その場に飛び上がらんばかりに驚いた。
礼庵「ばっ!!何をばかなことをっ!!」
そう怒鳴った時、東が驚いて礼庵の口を手で塞いだ。
東「大声をだすな、ばかっ」
礼庵は東の手を掴んで、引き離した。
礼庵「ばかはどっちです!!勘違いですよ!東さんの勘違いです!!」
東「最初はだれもそう言うんだよ。」
礼庵「~~~~~~!!」
礼庵はどう言えばいいのか、言葉にならない。
東は「まぁまぁ」と言って、再び仰向けに寝た。そして1つ大あくびをした。
東「心配するな。誰にも言わないからさ。」
礼庵「東さん!!」
東は、とたんに大いびきを掻きだした。
礼庵「東さん?東さんってば!!」
礼庵が、揺り起こそうとするが、東のいびきは止まらない。
礼庵「冗談じゃない…!」
礼庵は頭を抱えた。
礼庵「…この私はともかく、総司殿まで衆道だなんて…あー…えらいことに…」
…礼庵の横では、東が気持ちよさそうにいびきを掻いて寝ている。




