第44話
礼庵の診療所-
川中で捕まえた医者は、東に番所へ連れられていった。
総司と礼庵は、そのまま礼庵の診療所へ帰り、今、礼庵は治療室で、東の父親から治療を受けている。
総司は、治療室から離れた礼庵の部屋で、治療が終わるのを待っていた。
総司(深い傷でないといいが…)
礼庵は「皮が裂けただけです。」と苦笑しながら言っていたが、礼庵の性格を知っているだけに不安が募った。
やがて、礼庵が戻ってきた。そして、総司の姿を見て驚いた。
礼庵「待っていて下さったのですか!…これはかたじけない…」
総司「…とんでもない…。」
総司は頭を下げる礼庵に、あわてて言った。
総司「それよりも…本当に傷の方は大丈夫ですか?」
礼庵「はい。厚い地のものを着ていてよかった…。本当に皮1枚裂けただけで済みましたよ。」
総司「しかし…これからは、無理しないで下さい。ああいう時は、お1人で行動されるのは危険です。」
礼庵「わかりました。本当にご心配をおかけしました。」
礼庵がにこにことして言った。
総司(皮1枚と言っても痛いはずだ…。…本当に強がりな人だ。)
総司がそう思った時、玄関先で東の声がした。
礼庵「あ、戻ってきたようですね。」
そう礼庵が腰を浮かせた時、礼庵のうしろのふすまがとたんに開いた。
東「…ただいま…。」
東は、何か憔悴した様子である。
礼庵「お疲れ様。…あの医者はなんと?」
東「それよりも、茶の一杯くらい飲ませてくれ。」
礼庵は苦笑して、婆に茶を頼もうとふすまへ手をかけた。
東「ああ、大丈夫だ。先に頼んでおいた。」
東はそう言って礼庵の隣に座ると、両足を放り出して座った。そして、ふーっとため息をついた。
東「…わからん…。あのばかの気持ちが…。」
礼庵と総司は、思わず顔を見合わせた。
その時、婆が東にお茶を持ってきた。そして、礼庵と総司にも新しいお茶を持ってきた。
礼庵「すまない。婆。」
婆は微笑んで、部屋を出て行った。総司は婆が出て行ったのを見届けてから、東に尋ねた。
総司「わからないというのは…あの医者が、遊女を殺した理由がわからない…ということですか?」
東「ああ、そうだ。」
と答えてから、はっとして、あわてて放り出していた足を畳み、正座をして、総司に「失礼した!」と頭を下げた。つい礼庵に対する態度を取ってしまったらしい。総司と礼庵は笑った。
東も苦笑しながら頭を掻いたが、そのままひと口お茶を飲むと、はーっとため息をついた。
東「あの医者…自分が殺した遊女に惚れていたそうなんですが…最近はああいうところに払う金もなくなって、あちこちから借金をしていたんだそうです。」
総司はその後のことが予想できたが、黙って東の話を聞いていた。しかし、話は総司の想像していたものとは違っていた。
東「その借金が積もりに積もって、遊女に会えなくなった。しかし、遊女の方もその医者に惚れていたようで…。あの医者は裏口から店に入り込み、惚れた遊女とこっそり会っていたそうなんです。…そのうちに、遊女が自分以外の男に抱かれることがとても嫌になって…あの日、くろろほるむで眠らせた後、殺したのだそうです。」
礼庵「!!…自分だけのものにしたいために、殺したというのですかっ!?」
礼庵が怒りの余り、腰を浮かせた。
総司も思わず、膝の上で握り締めていた拳が震えるのを感じた。独占欲が強すぎるにもほどがある。
東「…だから、その気持ちがわからん…って言ったんだよ。…」
東はそう呟いた後、不意に礼庵に顔を近づけた。
東「…おい礼庵。美輝とかいう遊女に惚れているのはわかるが…妙な気を起こすなよ。」
礼庵は、きょとんとした表情をした。が、やがて怒ったように言った。
礼庵「私は、そんな人間じゃありません!」
東「まぁ、そうだとは思っているけどな…。あいつもそんな人間じゃなかったんだ。…男って、惚れる女によって、変わってしまうものよ。」
総司は、ただ苦笑するしかなかった。




