第35話
屯所への戻り道--
総司は可憐を家まで送り、屯所への戻り道を歩いていた。
ずっと死んだ畑野のことを思い、沈みがちだった気持ちが少し軽くなっていた。
木田の脱走のことは、結局、土方には知られずに済み、山野や中條の気遣いもあってか、木田もうわべは落ち着いているように見える。
総司はふと思いつき、道を取って返した。
八木主人のことを思い出したのである。木田を説得してくれたことを山野から聞いていたのだった。
総司は八木邸の門前まで来ると、懐かしさに思わず立ち止まった。
そして、そっと門前に立っている灯篭に触れた。
実際、総司が住んだのはこの八木邸ではなく、前川邸の方だったが何度かここをくぐったことがある。
そして同時に芹沢鴨を襲撃したことも思い出してしまい、つい立ち尽くしていた。すると中から懐かしい声がかかった。
「いやぁ、沖田はんやありまへんか。…どうぞ、お入りやす。」
いつの間にか総司の前に、八木主人がにこにこと微笑んで立っていた。
総司は頭を下げた。
……
八木「近藤はんや、土方はんもお元気どすか?」
八木主人自らが、茶を立てながら総司に言った。
総司「ええ。相変わらずです。」
八木主人は、ゆっくりと総司の前に立てたばかりの茶を置いた。
総司は頭を下げ、茶道の作法に従い、茶をいただいた。
八木「あれから、木田はんは大丈夫どすか?」
総司「八木さんの説得のおかげで、もう落ち着いています。二度と同じことはしないでしょう。」
八木「若い分、悩みがつきないのは、あたりまえのことどす。それだけ木田はんが、真面目な人だということでしょう。」
総司「ええ。だから斎藤さんが「遊びを教えてやらねば」と言っていました。」
八木主人は笑いながら、首をかしげた。
八木「斎藤はんて、そんな人どしたか?…いつも真面目な顔して、何を考えているのかわからないような印象どしたけどな。」
総司「今、つきあっておられるご婦人の影響のようですよ。」
八木「へえ。あんな人でも、人の影響を受けるんどすな。」
二人は笑った。
そんなたわいのない話を八木主人と総司は一刻も続けた。
何よりも、主人の柔らかい声が、総司には懐かしかった。
……
八木「おおきに。」
八木主人が、門前まで総司を送りながら言った。総司は主人に頭を下げた。
総司「つい楽しくて、こんな遅くまで長居をしてしまいました。申し訳ない。」
八木「何を言いはります。今度は酒を用意しますさかい、時間のゆっくり取れる時に来ておくれやすな。」
総司「わかりました。そうします。」
総司は笑いながら答えた。そして、再び頭を下げると、主人に見送られてその場を去った。
もう月が出ている。
総司は急ぎ足で、屯所へと向かった。




