第31話
川辺-
総司とナミの父親は、離れて遊ぶナミを見つめて、しばらく沈黙した。
総司「…士道にそむくまじきこと…ってどういうことかわかります?」
総司がそう父親に言うと、父親はよくわからないというような顔をした。
総司「そうですね…わかりやすいのは、敵に背を向けて逃げてはならない…。巡察中でもそうですけど、例えば、普段歩いていていきなり背中から襲われて、相手を取り逃がしてしまったり…。それだけでも、切腹させられるんです。あいまいな言葉ですが、誰かに「士道不覚悟」だと言われれば、それで切腹になるんですよ。」
父親「!!…」
あきらかに父親の顔色が青くなっていた。
総司「…それに、伍長より下の隊士は、ずっと屯所にいなければなりません。家族のいる家へ帰ることは一切出来ないんです。」
総司はそう言って、再びナミを見た。
総司「…あなたは…ナミちゃんとずっと離れて暮らすことができますか?…例え、生活が楽になっても…ずっと家族と会えないままで。」
父親は視線を落とした。
総司「そして、最後に一つ…われわれの仕事はいつも死と隣り合わせです。いつ、命を落とすかもしれない。…そんなことを思いながら、毎日生きているんです。腕がいい、悪いは関係ないんですよ。」
総司は顔をあげない父親に向いた。
総司「…私はあなたがうらやましい…」
父親は驚いた目で顔を上げた。
総司「あんなかわいいお嬢さんがいて…家族があって…。私には、家族を持てる保証がないんです。…だから…時々、子ども達に会いに行って、「今日も会えてよかったな。」って思いながら一緒に遊んで帰るんです。」
父親「……」
父親は複雑な心境の表情で、総司を見ている。
総司「…お仕事なら、私が屯所の賄いさんにでも尋ねてみてあげましょう。下働きくらいしかないでしょうが…それでもいいですか?」
父親は、目を見開いたままうなずいた。
総司「すぐには無理かもしれませんが、また数日後にでも屯所へ来てみてください。何か仕事を見つけておきますよ。」
父親は突然その場にひれ伏し、頭を下げた。
父親「あ、ありがとうございます!…どうぞ…どうぞよろしくお願いいたします!」
総司は慌てた。
総司「よしてください!…こんな姿ナミちゃんに見られたら…誤解されてしまう。」
父親「は…はっ…そうですね…。すいません。」
父親は慌てて立ち上がり、袴についた泥を払った。
ナミが走りよって、父親を不思議そうに見た。
父親「ナミ!このお兄ちゃんがね、仕事を探してくれるって!…お父ちゃん、がんばらなきゃな。」
ナミは嬉しそうに目を見開き、総司に向かって丁寧に頭を下げた。
ナミ「ありがとう、おじちゃん。」
総司「いや…」
総司は困ったように頭を掻いた。
ナミ「…また、お寺へ遊びに来てね。みんなと待ってるから…」
総司「うん。きっと遊びに行くからね。」
総司がそう言うと、ナミは嬉しそうにした。
父親「じゃぁ…また屯所の方へ伺います。よろしくお願いいたします!」
総司はうなずいた。
父親とナミは手を繋いで、元きた道を戻った。
父親「ナミ…あの人はお兄ちゃんだよ。…お父ちゃんよりずっと若いだろう?失礼だぞ。」
ナミ「…でも、みんなおじちゃんって呼んでるんだもん…」
父親「あのお兄ちゃんが「おじちゃん」だったら、お父ちゃんは…」
総司の耳には、そこから聞こえなかったが、しばらくしてナミが心地よい笑い声を上げた。
総司は微笑んで、姿が見えなくなるまで、二人を見送っていた。




