第30話
川辺-
総司と父親は少し離れたところで遊ぶナミを見ていた。
二人とも黙っていたが、やがて父親がやっと口を開いた。
父親「…あの…昨日はありがとうございました。…まさか、新選組の方と存じませんでしたので…」
総司「いえ。たまに壬生寺へ子ども達と遊ぶために行くのです。ナミちゃんに会ったのは昨日がはじめてでしたが…」
父親「…あの子は、母親が体が弱いために、家の用事などをしなきゃならなくて…なかなか外で遊ばせてやれないんですよ…」
総司「…そうでしたか…」
父親「私もこのとおり、こうして刀を差してはいますが、定職がなく…親子3人食べるのが精一杯の状況でして…」
それを聞いた総司は、なんとなく父親の話したいことがわかった。
が、黙っていた。
父親「…あの…新選組…というところは…武士でなくても…入隊試験にさえ通れば、入れると聞いたのですが…」
総司「…ええ…」
総司は(やっぱり…)と思いながら、父親の次の言葉を待った。
父親「…私のような年を取ったものでも…大丈夫でしょうか?」
総司「私が見る限りは、大丈夫だと思いますが…?…流派はどちらですか?」
父親「…一応、北辰一刀流ですが…」
父親は自信なげに言った。腕は大したことがないのだろう。
総司「それならば大丈夫でしょう。幹部にも北辰一刀流の人がいますから…」
父親は「はぁ…」と言ったきり、黙っている。よほど、自信がないようである。
総司「ただ…」
父親は顔を上げて総司を見た。
総司「…入隊試験に通って入れたとしても…隊の規則が厳しいのです。…それに耐えられるかどうかが問題でしょう。」
父親「…規則…ですか…」
総司は一つ息をついて、隊規を朗じた。
総司「一つ…士道にそむくまじこと。…一つ、局を脱するを許さず。…一つ、勝手に金策をいたすべからず。…一つ、勝手に訴訟取り扱うべからず。…一つ…私の闘争を許さず。」
父親は目を開いたまま、ただ総司を見つめている。
どこが厳しいのかわからないらしい。
父親「…それだけですか?」
総司は父親をにらむようにして見、最後に付け加えた。
総司「…これに背く者は…切腹を申し付ける。」
父親はその言葉で息を呑み、顔色を変えた。
父親「…切腹…」
総司はふと、川の水をぱしゃぱしゃと叩いて遊ぶナミを見た。
父親も無言で同じように見た。




