第28話
壬生寺-
総司は、階段に座り、子供達がまりつきをして遊んでいるのを見ていた。
総司にとって、子供達の笑顔をみたり、笑い声を聞いている時間がとても心休まる時である。
その中に一人、初めてみる女の子がいた。まりつきの中に入りたいようだが、自分からなかなか入っていこうとしない。…というよりできないようである。少し、輪から離れてうらやましそうに、まりをついている子どもを見つめていた。
それに気づいた総司はゆっくりと立ち上がって、その女の子に近づいた。
総司「どうしたの?…一緒に遊びたいの?」
その女の子は驚いた表情で総司を見上げたが、やがてこくんとうなずいた。
総司はまりをついている子どもに声をかけ、まりを貸してあげるように頼んだ。
まりをついていた子どもは快諾し、まりを女の子に差し出した。
「いいの?」
女の子は驚いたように、まりを差し出した子に尋ねた。二人は、ほぼ同い年のように総司には見えた。
「うん。一緒に遊ぼう。」
まりを差し出した子どもがにっこりと微笑んで、その子の手を取った。
二人は嬉しそうに手をつないで、子供達の輪の中へ入っていった。
総司は、微笑んでその二人の姿を見つめていた。
……
やがて、子供達が帰らなければならない刻が来た。
子供達は、総司に別れを言って帰っていく。
その中で、二人の女の子は名残惜しそうに見つめ合っていた。
「また明日来る?」
「お母さんに何も用事を言われなかったら…来れる。」
「…待ってるね。」
「うん。」
まりを持った子どもは総司に頭を下げ、走って帰っていった。もう1人の子どもは黙って見送っている。
総司「…君は…帰らないの?」
女の子「…父さんが迎えに来るまで…ここにいるようにって。」
総司「…そう…。」
総司はしばらく考えていたが、やがて階段に座った。
総司「じゃぁ、おじちゃんも、お父さんがくるまで一緒に待っていてあげるよ。」
女の子は驚いた表情をしたが、やがて嬉しそうにうなずいた。
女の子「ありがとう…。」
女の子は丁寧に頭を下げると、総司の隣に座った。
もう夕暮れが迫っていた。
総司と女の子は、あやとりをしながら、女の子の父親を待っていた。
父親はなかなか来ない。
やがて女の子の方が、あやとりに飽きてしまった。
総司「…遅いね。」
女の子「うん。…でも、いつもそうなの。」
総司「いつも?」
女の子がうなずいた。
総司は「どうして?」と聞こうとして、口をつぐんだ。
聞いてはいけないことなのかもしれないからである。
その時、浪人姿の男が息せき切って、こちらに向かって走ってきた。
「ナミ!すまん!」
総司はその時はじめて、女の子の名前を知った。
総司「よかったね。」
ほっとした表情をする女の子を見て、総司が言った。
ナミ「ありがとう。おじちゃん。」
総司はうなずいた。
男「すいません。もしかして…ナミにつきあっていただいたのでしょうか?」
総司「いえ。一緒に遊んでいただけですよ。とても楽しかった。」
男「本当に申し訳ありませんでした。ありがとうございました。」
男はそう丁寧に総司に礼をいい、ナミの手を引いて帰っていった。
ナミ「ねぇ。明日もここへ来ていい?お友達ができたの。」
男「へえ。そりゃよかったな。だったら明日も…」
去っていく男の声はそこで聞こえなくなった。
総司はその男がうらやましかった。
総司(私にも…いつかああやって、自分の子どもの手を引いて歩くことがあるだろうか…?)
総司は親子が見えなくなるまで、壬生寺の境内に立ち尽くしていた。




