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第26話

島原 ある遊郭の一室-


礼庵、美輝に酒を注いでもらい、ゆったりと飲んでいる。


美輝「もうあの時は、ほんまに死ぬかと思ったんどす。」


美輝がしみじみと言った。礼庵は足を崩して美輝の言うのを聞いていた。


礼庵「熱がかなり高かったですからね。」


礼庵が言った。


美輝は流感にかかったのである。熱がかなり高かったのだが、遊郭の主人はそれを知りながらも、美輝に客を取らせていた。美輝はその店では評判の遊女だったので、休ませるわけにはいかなかったのである。

たまたまその日も、東を遊郭に放り込んだまま帰ろうとしていた礼庵が、外で客引きをしていた美輝が倒れたのが視界の隅に入った。

礼庵は驚いて美輝に走りより、頭を抱き上げ、首元に手を差し入れた。


礼庵「!!…ひどい熱だ…ここの主人は誰だ!!」


人々に囲まれながら、礼庵が叫んだ。主人があわてて中から現れた。


美輝「こんな人に仕事をさせるなんて、どういうことですか!?」


主人が「…あの…おたくさまは…?」と尋ねた。


礼庵「私は医者の礼庵といいます。とにかく中へ入りますよ!」


礼庵はそう言って、美輝を横抱きにして立ちあがり、主人を押しのけるようにして中へ入った。


……


礼庵は桶に水を汲んで持って来るように主人に言い、美輝の帯をはずした。


美輝「…お客はんどすか?」


美輝がうわごとのように言い、薄目を開けて礼庵を見た。


礼庵「私は医者です。あなたを治しにきました。」

美輝「ほんまどすか?…でも、うち…」


礼庵は美輝の唇に人差し指をそっとのせた。


礼庵「…今は何も考えなくていい。」


美輝はうなずいた。


美輝「…先生…名前…教えておくれやす…」

礼庵「礼庵です。壬生の医者です」

美輝「おちかくどすなぁ…」

礼庵「ええ。あなたが治るまで毎日来ますから、安心なさい。」


美輝の目に涙が溢れた。


美輝「先生、おおきに…」


礼庵は微笑んで首を振った。


……


美輝は礼庵に酒を注いだ。


美輝「ほんまに先生、毎日来てくれはったから、うちうれしゅうて。それにお金も受け取りはらんのやもの…。先生が男はんやったら、ほんまに惚れたのに…」

礼庵「どうして、女だと気づきました?」


礼庵が尋ねた。


美輝「しぐさどす。先生の何気ないしぐさ…。それから、その優しい気遣いどす。」

礼庵「…それだけですか?」

美輝「へえ。うちにはわかります。」


礼庵が参ったなというように頭を掻いた。


美輝「…そうやって頭を掻いたり、あぐらを組んだりしておられる姿は男はんとおなじどすけど、やっぱり、ちょっとした所で女に戻りはるんどす。」

礼庵「…そうですか…」


(もしかして、総司殿にも感づかれていないだろうか)と、礼庵はふと思った。


美輝「…先生…新選組の沖田総司はんと、お知り合いどすな」


総司のことを思ったときに、美輝にそう言われたので、礼庵は驚いた。


美輝「この間、先生と沖田はんが町中で一緒に歩いている所、見たんどす。」

礼庵「ああ、そうでしたか。…総司殿のことをよく知っておられるのですか?」

美輝「…随分前の話どすけど、浪人達に絡まれた時に沖田はんに助けてもらったんどす。あの人も優しい人どした。」


礼庵がうなずいた。


礼庵「そうでしたか。」

美輝「…沖田はんは、先生のことおなごはんやということ、知ってはるんどすか?」


礼庵は、ぎくりとした。そして、首を振った。


礼庵「知らないと思いますよ。私からは言っていないから。」

美輝「なんで、言いはらへんのどす?」


礼庵が口をつぐんだ。



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