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第25話

島原 夜-


「礼庵先生!こっちどすー!」


一人の美しい遊女が礼庵に手を振っていた。

実は、礼庵は島原に来るのは初めてではない。何度か、外科医の東と一緒に酒を飲みに来たことがあった。

しかし今回は別の遊郭である。そして、一人きり…。

礼庵はその遊女の所へ、少し小走りに走り寄った。困ったような顔をしている。


礼庵「美輝殿…。私などがこんなところで…」

美輝「さあさあ、お話はあとで聞きますさかい、どうぞお入りやす!」


美輝という遊女は、礼庵の背を押して、遊郭の中へ押し込んだ。


……


礼庵はこじんまりとした部屋に通された。そして料理が運ばれてきた。ふすまの向こうにはちゃんと、床が用意されていた。


礼庵(困ったな…)


礼庵は額に手を当てて、悩んでいた。東とは別の遊郭に行くのだが、その時は酒だけを飲んで東を置いて一人で帰るようにしていた。

今回も酒だけを飲んで帰ろうと思うのだが、一人きりで来たとなると、どうやって逃げればいいのか、いい案が思いつかない。


礼庵(もうこれは…正直に女だと告白するしかないか…)


そう決心した時、美輝が銚子を乗せた盆を持って入ってきた。そして、手をついて頭を深深と礼庵に下げた。


美輝「今日は、ようおこしやす。」


礼庵も頭を下げた。


礼庵「…お言葉に甘えて参りました。」

美輝「どうぞ、足を崩しておくれやす。そう固くなりはらんと…」


美輝が銚子の乗った盆を二人の間に置きながら言った。


礼庵「はあ…」


礼庵はそう言うが、固まったままである。美輝が手の甲を口に当てて、くすくすと笑った。


美輝「礼庵先生て、かわいい方どすなぁ…」

礼庵「はあ…」

美輝「さ、一口おのみやす。お酒をおのみになったら、ちょっとは気もほぐれます。」

礼庵「ええ…」


礼庵は、猪口を手に取り、美輝に酒を注いでもらった。そして飲み干した。

礼庵は、今度は銚子を取った。


礼庵「…美輝殿も…」

美輝「いただきます。おおきに。」


美輝は頭を下げると猪口を持ち上げ、礼庵に酒を注いでもらった。そして飲み干した。


礼庵「…美輝殿に…先に言っておきたいことが…」


美輝に酒を注がれながら、礼庵はとなりに用意している床をちらっと見た。


礼庵「あの…私は…」


美輝が「ああ」と言って笑った。


美輝「わかってます。先生が「おなごはん」やいうこと。」


礼庵は、口にふくんだ酒を吹きそうになった。そしてむせた。


美輝「先生!ややわ。大丈夫どすか?」


美輝が礼庵の背中をたたいた。礼庵は「大丈夫」というように、手を上げて言った。


礼庵「…ご存知だったんですか。」

美輝「ええ。知ってました。でも先生、他の人に知られたくないようやと思て、床を一応用意させたんどす。」


礼庵は、ほっとした表情になった。


礼庵「これはどうも…気を遣っていただいて…」

美輝「先生に、助けてもらったんやもの…。なんでもします。」

礼庵「…ありがとう…美輝殿…」


礼庵は美輝の猪口に酒を注いだ。そして、自分のにも注いで、飲んだ。


美輝「いややわ。先生。急に調子づきはって!」


美輝が笑いながら言った。礼庵も顔を赤くして笑っていた。


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