第23話
川辺-
総司は礼庵の診療所に向かっていた。
昨日の礼庵の様子が心配だったからである。
足早に歩いていると、川べりに座っている男の子の姿が目にとまった。
総司(…あれは、清太とかいう…)
総司は思わず子どもの傍に駆け寄っていた。
総司「清太君かい?」
そう呼びかけられた子どもは驚いて振り返り、総司を見上げた。
清太「…あ…独楽回しのおじちゃん…」
総司は苦笑したが、そう言えば、自分の名を告げていなかったことを思い出した。
総司「お友達には「沖田のおじちゃん」って呼ばれているんだ。」
清太「沖田のおじちゃん…?」
総司はうなずいてから、
総司「…どうしたの?こんなところで。」
と尋ねた。
清太は川の方へ向き直り、下を向いた。
総司がその手を覗き込むと、あの独楽を持っていた。
総司「ああ、あの時のお父さんの独楽だね。…あれから、たくさん回ったかい?」
ふと総司の脳裏に、礼庵が浮かんだ。
清太は「ううん」と首を振った。
清太「…これで遊ぶと…お母ちゃんが怒るんや。」
総司「え?」
清太「お父ちゃんのものは、みんな捨ててしまえって言うねん。」
総司「!!どうして?」
総司は少し憤りのようなものを感じていた。
清太「…お父ちゃんのこと覚えてても…哀しいだけや、言うて…」
総司「…そうか…」
母親のその気持ちもわからないではないが、しかし、それを子どもに強要するのは残酷なような気がした。
清太「…すぐに捨てて来…って言われて…川に流そうかと思ったんやけど…」
清太の目から涙が零れ落ちた。その後、清太は何も言わなかった。
総司は清太の横に座った。
総司「こんな立派な独楽を捨てるなんてもったいないな…。この独楽、手彫りだね。お父さんが作ってくれたものじゃないかい?」
清太は隣に座った総司を見上げて「うん」と嬉しそうにうなずいた。
総司「ねぇ清太君…よかったらその独楽、おじちゃんに預けてもらえないかな。」
清太は驚いた目をした。
総司「おじちゃん、大事にするから。…そして、いつでも返してあげるから。」
清太「ほんまっ!?ほんまにええのっ!?」
総司はうなずいた。
清太は突然小指を差し出した。総司は微笑んで、その小指に自分の小指をからめ「指きりげんまん」をした。
……
総司は清太と別れた後、礼庵のところへ行ったが、診療中で会えなかった。
結局、元の道をたどっている。
総司(…大丈夫かな…礼庵殿…)
いつもの礼庵の微笑が見られなかったので、気になって仕方がない。
総司は歩きながら、ふと清太から預かった独楽を、袂から取り出した。
見れば見るほど、よくできている。売り物のように切り面がきれいではないが、ゆがみがまったくない。
総司「…覚えていても哀しいだけ…か。」
総司は、清太が母親に言われた言葉を思い出していた。
総司「…死ねば終わりだな…。」
そう呟いた。自分もいつ命を落とすかわからない。自分が死んだ時、同じように言われるのかと思うと、辛くなった。
その時、後ろから誰かが走り寄ってくる足音がした。
総司はそれが誰かを予感して、警戒もせずに振り返った。
総司「やっぱり、礼庵殿…」
そう言って、微笑んだ。




