第22話
礼庵の診療所-
壬生寺で子供達と遊んだ後、総司は礼庵の診療所を訪れていた。
そして、独楽を回せなかった子供のことを話した。
総司「昨日初めて会った子供だったのですが…その子の持っていた独楽、手彫りだったんです。…うまくできていたなぁ…」
話を終えた後、総司はそう呟いていた。
すると、礼庵が沈鬱な表情で言った。
礼庵「その子…たぶん、清太ですね。」
総司「…せいた?…ああ、そう言えば、そう呼ばれていたような…。」
礼庵「実は、その子の父親は、私の患者だったんですよ。」
総司「え?」
総司は息を呑んだ。そう言えば、清太はその独楽が「父親のものだ」と言っていたような気がした。
礼庵「ひと月前に亡くなりました。…腹の中にこぶのようなものができて、それが大きくなってくると、体中に同じようなものができてきて…」
総司「!!!」
礼庵「清太はその父親の看病で、ほとんど遊べなかったのです。」
総司「…そうでしたか…」
では、あの独楽は父親の形見だったのか…と総司は胸が痛くなった。
きっと作ったのは父親なのだろう。うまくその独楽を回せなくてかんしゃくをおこしたのは、父親の病が治らなかったくやしさもあったのかもしれない。そしてその独楽が自分の手の上で回った時、父親が元気になったような…そんな気がしたのかもしれない。
総司は清太が「生きてるみたいや…」と呟いた顔を思い出していた。
礼庵「…医者として、一番辛い体験でしたよ。…腹の中にこぶのようなものができた時、手術を申し出たのですが…許されなかったのです。」
総司「…手術…って???生きた人間の体を切り、またつなぐ…という…?」
総司は少し驚いたように尋ねた。正直、信じられないのである。
礼庵「そうです。東さんに協力してもらい「くろろほるむ」という薬で眠らせて、その間にそのこぶを取り去ってしまえば、治るかもしれないと思ったのですが…。清太の母親が許してくれませんでした。私がこれまで手術などしたことがなかったので、信用してもらえなかったのです。…「夫を実験台にするつもりか」と言って…。」
総司にもその気持ちはわかった。しかし医者としては、なんとか患者の命を助けたい一心だったのだろう。
礼庵「結局、痛みを和らげる薬を与えることしかできませんでしたが…その薬も効かなかったようです。…死ぬ寸前まで苦しんでおられました。…清太の母親は、もう私に会うことすら避けています。…ご主人が死んだのは、私のせいだと思っておられるのでしょうね。」
総司「!!…しかし、それは…。医者だって人間なのですから…」
総司が思わず言いかけたのを、礼庵は手を上げて止めた。
礼庵「申し訳ない…つまらぬ話をしてしまいました。…忘れてください。」
総司「…いや…私の方こそ…申し訳なかった」
もともと清太の話をしたのは総司だったのである。礼庵は首を振った…。が、表情は総司が帰るその時までも暗いままだった。




