第11話
祇園 料亭天見屋の奥の廊下-
女将は両手を口に当てたまま、しばらく声が出ないようだった。
女将「おきたそうじ…て…。あの新選組の方どすか?」
総司「?…はい。」
総司はきょとんとして答えた。舞妓も驚いた目で総司を見上げている。
総司「…私…ここで何か、やらかしましたっけ?」
総司は真面目にそう女将に尋ねた。そんなはずはなかった。前に一度来た時、ただおとなしく飲んでいたはずである。目立つようなことをしたつもりはなかった。
女将「いやぁ!!沖田総司はんって、どんな強面の人やろと思ってたら…!」
女将はそう言って大声で笑い出した。
総司(…土方さん…私の風貌は噂で知れているとか言ってなかったっけ??)
総司がそう思っていると、舞妓が突然その場に座り込み、両手をついて頭を下げた。
舞妓「すんまへん!…うち、えらいお人にかばってもろて…。ほんますんまへん!」
総司はただおろおろして、対照的な様子を見せる二人を見比べていた。
女将は笑いながら、舞妓の横に一緒に座り、手をついて頭を下げた。
総司「お、女将さん…」
女将「ほんま、えらい人を巻き込んでしもて、すんまへん。このお礼はまたあらためてさせてもらいますよって、今日のところは許しておくれやす。」
総司「いや、許すも何も…私はその…」
総司がうろたえて、とっさにあたりを見回すと、遠くの廊下で土方がにやにやとして立っているのが見えた。その横の障子から会津藩の人間がそれぞれ顔だけを出してこちらを見ていた。芸妓たちもおどおどとしたように、こちらの様子をうかがっている。
総司「土方さんっ!!どうにかしてくださいよー!…私は何が何だか…」
総司のその情けない声に、土方が大声で笑った。そして「戻って来い」というように手招きをした。会津藩の人間達も笑っている。
総司はしゃがんで、自分の足元に伏している女将と舞妓に言った。
総司「…あの…私、部屋へ戻らなきゃ…もう頭を上げてください。」
女将は「あ、そうどすな。」と言って、顔を上げた。
女将「後で、お酒を持って行かせますさかい、ゆっくりしておくれやす。」
総司「いや…その…」
女将「あやめ…あんたがお酒持って、この方の相手をしなさい。」
総司「えっ!?いや…女将さん。」
舞妓は、困り果てている総司に目をくれず、頬をそめて「へえ」と返事をした。
総司(…とうとう…帰れなくなった…)
総司は、その場に座り込んで、はーーっとため息をついた。
遠くで土方が呼んでいる…。




