1話:前半 生命のゲーム
2018/09/09:
第3部『ゲーム』を開始します。よろしくお願いします。
「ここ、だよな……」
インターンの発表会が終わった三日後の土曜日。大悟は首をぎりぎりまで傾けて高いビルを見上げた。駅の近くの一等地に建つ高級マンションだ。ルーシアからのメッセージに添付された地図を思わず確認する。
ここに一人暮らしする同級生というのは、彼にとってはイメージが湧かない。それも、自分の稼ぎでとなればなおさらだ。
「G-Makerのことちゃんと聞かせて貰わないと」「坪単価……○○くらいかな」
もっとも、同行者二人は全く恐れを見せない。綾が建物にビビるわけがなく、春香に至っては自宅があのお屋敷である。
二人に押されるようにエントランスに入った大悟は、教えられた番号をコンソールに入力した。
「入って入って」
振動を感じさせないエレベーターでたどり着いた、最上階一つ下。その三つ目の部屋のドアが開き、金髪の同級生が顔を出した。部屋着らしい裾がほつれたホットパンツタイプのジーンズと幾何学模様のTシャツ。制服の時は気がつかなかったが、存在感のある大陸山脈が模様を持ち上げている。
どうやら着やせするタイプらしい……。
「あの、これお土産……」
大悟は実家のお菓子を差し出した。
「こういう場合はつまらない物をありがとう、だっけ」
「……使う側が違うけど。まあ、物は食べて貰えば分かるから」
ルーシアは大悟達を部屋に招き入れる。大きくて広くて、綺麗な部屋。物は殆どない。蜂の巣のようなコンピュータの筐体と、複数のディスプレイ。そして、ゲーム機とHMDが床に転がっている。どんなタイトルが入っているのか気になるが、彼女の場合は仕事絡みかも知れない。
「あとちょっとで終わるから、コーヒー飲んで待ってて」
ルーシアが手早くコーヒーメーカーを動かし、綾が皿を借りて大悟の持ってきたクッキーを空ける。バターをたっぷり使ったシンプルな白いクッキーだ。アメリカ人の女の子の所に持って行くという大悟に、彼の母のチョイスだ。何か言いたげな顔だったが。
春香は解析中のパソコンをじっと見ている。
「美味しー」
口に入れただけでさらさらと崩れるクッキーを、マグカップのコーヒーで流し込んだルーシアが言った。食べながらも片手はキーボードの上にある。指からこぼれたクッキーの欠片がキーボードに落ちる。それがキーを叩く指の反動で跳ねた。大悟は恐る恐る自分の周りの床をさする、綺麗な物だ。よく見ると部屋の隅に掃除機ロボットが控えている。
画面上では数字とアルファベットの滝が流れ落ちている。
「ちなみに九ヶ谷君は、どう思ってるの?」
春香が聞いた。彼女らしくない主語を省略した質問に、大悟は少し考える。
「実はよく分らないんだ。なんて言うか、部分的にはいかにも父さんのやりそうなことの気がするし、そうじゃない部分だとおおよそやりそうにないことな気がするっていうか……」
S.I.Sは大悟の名字を口にした、彼の父の関与はほぼ間違いないだろう。だが、その動機がイメージ出来ない。
「……小笠原さんは九ヶ谷博士と面識あるの?」
春香は綾に聞いた。
「何度か見たことがあるだけかな。大悟のお父さんの研究についてなら春日さんが一番詳しいでしょ」
それは間違いないだろう。ちなみに大悟は2番目でもないはずだ。それは恐らくルーシアで、その次は綾の可能性もある。不肖の息子は表彰台にも上れないのだ。
「はい、解析終了。えっと中身は三つか……。こっちのテキストはソースコードだね。多分こっちがデータ。サイズはあんまり大きくないか……。最後が形式不明のファイルで、これが一番大きいから本体かな。ソースコードはおかしな所はなくて、データの方は多分バイナリー」
ルーシアがキーを叩くと、一番大きなディスプレイに0と1の羅列が並んだ。
「何を意味しているの?」
綾が聞いた。春香も真剣な顔で画面を見る。
「ちょっと待ってね。このソースが引数として取るのがバイナリーだから、まずはコンパイルしてデータをロード……」
ルーシアは手早く作業を進める。要するに0と1の羅列であるデータと、その羅列を受け付けるようなプログラムがあるから、それを走らせると言うことらしい。
画面にはすぐに白黒の模様が現れた。
step1
□■□■□■□□□■……
■■□□□■□■■□……
□■■■□■□□■■……
□■□■□■□□□■……
□■□■□■□■□■……
step2
…………
大悟が最初に思ったのはコマが四角のリバーシだ。あるいは囲碁だろうか。
「リバーシ?」「そんな感じだな」
綾も同じ事を思ったらしい、大悟は同意した。
「セルオートマトンね」
「そうだね。プログラムはあくまでただの表示だから、この遷移規則を解析しないといけない。それが一番大きな本体ファイルのパスワードって所かな」
全く違うことをいって視線を交わしているのが春香とルーシアだ。
「セ、セルオートマトン?」
「世界の複雑さを最も単純にシミュレーションしたもの」
「並列コンピュータだよ」
春香とルーシアが大悟を見て同時に言った。そして視線を交わして、大悟の答えを待つ。二人の女の子の視線に謎のプレッシャーを感じた。
「どっちの説明を聞くの?」
綾が言った。大悟は困惑する。しかも、どっちも一筋縄では行かなそうだ。
「えっと、解析をお願いしてるのはルーシアさんなわけで、ルーシアさん?」
大悟が言うと、春香が悔しそうな顔になった。
「これ見て貰うのが一番早いかな」
一方ルーシアは、キーボードを叩くとある盤面を呼び出した。白と黒の模様が描かれたそれこそリバーシのような模様。さっきの表示と似ている。白黒は一見してランダムだ。ルーシアがキーを押すと、模様がめまぐるしく変化を始めた。
白だったマスが黒になり、黒だったマスが白になる。かと思えば、白のままのマスもあるし、黒のままのマスもある。画面上のモノクロの模様は、まるで生きているようにどこか有機的で無機的な変化を繰り返す。
「ライフゲームね」
「yes」
春香は当たり前のように言った。ゲームという言葉……。しかし、セルオートマトンはどこに行ったのだろうか。
「ライフゲームでマスの状態は二通り、■が生きているマスで□が死んでいるマス」
ルーシアが説明をする。確かに、画面上には白と黒のマスがばらばらに並んでいる。先ほどのデータの0と1に対応するのだろう。それは想像が付くが……。
「一つ一つのマスが単純なルールで、次のターンに生になるか死になるのかが決まる。いい、このマスと、こっちのマス、あとはここのマスを見て」
ルーシアは盤面を止めると、3カ所のマスを指さした。
「中央のマスの変化に注目してね」
(1) (2) (3)
□■□ □□□ ■■■
□□■ □■■ ■■□
□■□ □□□ □■■
↓ ↓ ↓
□■□ □□□ ■■■
□■■ □□■ ■□□
□■□ □□□ □■■
「中心のマスが白の場合、その周囲に生きているマスが二つか三つあれば、そのマスは次のターンに■《クロ》、つまり生きてるマスに変化する。これが【誕生】」
ルーシアは(1)を指していった。
「もし一つ以下なら、逆に□《シロ》になる。つまり、寂しくて死んじゃう【過疎】。逆に多すぎても駄目で【過密】で死んじゃう」
(2)と(3)をさして言う。
「これ以外、つまり生きてるマスの周囲に生きてるマスが2つか3っつなら生きてる状態が続く。これが【生存】」
大悟は少し考える。マスと言うよりも、そこに載った駒の変化と考えれば……。
「えっと、つまりリバーシで挟まれたコマがひっくり返るみたいな感じのルールがあるってこと?」
「そういうこと。全てのマスは同じゲームのルールで、それぞれが次の状態を決定していく。つまり、このマス一つ一つが独立したコンピュータで同時に繋がって並列に計算してる」
「物理的には宇宙の空間一マス一マスが同じ法則に従って動いているのと同じよ」
春香が補足するように言った。ゲームのルールと宇宙の法則。あっという間に問題が難解になる。
(なるほど、例のやつだ……)
大悟は深淵を覚悟した。
2018/09/09:
来週の投稿は木、日の予定です。




