5話:後半 チュートリアル
【クエスト:『ヨムル山の魔力異常』が部分開放されました】
(レアリティー:20~)(スコープ:プロテクト)
チュートリアルクエストらしき情報が大悟達の前に現れた。
「情報がアイテム化されてるのか。しかも合成可能なんだな」
街のNPCに話を聞き、一定の情報が集まったらイベントのフラグが立つ。そう考えれば何もおかしなことはない。
「解ってきたな。これにもレアリティーがあるのか」
「20からって変な表記ね」
「レアリティーについて春日さん解る?」
「プログラム自身についてそこまで詳しくないけど、少なくとも私が知ってる用語にはないわ」
春香にわからないなら誰にもわからないことは決まりだ。
「普通にその情報の希少度ってところかな。今までの流れだと……。ちょっと試してみるか……」
大悟は横を通り過ぎたNPCに話しかけた。【噂を売買】という表示が出る。大悟がクエストを選択すると、12ドルマで売れた。そして、クエストは無くならないが、レアリティーが12に減った。
「情報の重要性とそれがどれだけ広まっているからで価値が決まるのね。何ていうか面倒くさいシステムね」
「だな、普通はこんなことしない」
「情報量は保存されるから当たり前だと思うけど? 二人の知ってるゲームの常識とは違うんだね」
「そ、それよりも、これがチュートリアルでしょ。えっと『ヨルム山に発生するモンスターを討伐すれば、モンスターの種類に応じて国から報酬が支払われる』か。ヨルム山って街の後ろのあれよね」
『情報量は保存される』という春香の言葉が気になるが、今は洋子の言う通りテストプレイに集中するべきだろう。
情報を見る限りオーソドックスな討伐クエストだ。おそらく戦闘のチュートリアルも兼ねているのだろう。
「えっ? そのモンスター? の情報とかそういうの解らないみたいだけど……」
春香が不安そうに言った。確かに、未だ開放されていない情報がいくつもあることが「□□□□□□」で暗示されている。システム音声も『部分開放』と言っていた。
ただし、ゲームの経験者としてはそこにあまり心配は感じない。
「まあ、最初のクエストだからね。きっと初心者でも簡単に解決できるようになってるはずだよ」
念の為ポーションを幾つか買っておいて、進めるだけすすむ。無理そうなら引き返せばいい。大悟が『威力偵察』と呼ぶスタイルだ。
◇◇
「きゃっ」
粘液状怪物の緑の触手に攻撃された春香が尻餅をついた。物理エンジンに対する大いなる意思の介入でローブの裾は鉄壁である。もっとも露出した内太ももが眩しい。
その白い足が本人のものじゃないと解っていても……。大悟が思わず余所見をした時、彼の前の犬顔のモンスターが動いた。
「ととっ、こっちは手が離せない。近藤さん」
「春香。待ってて」
大悟が目の前のコボルド二匹を一人で片付けて振り返る。洋子がスライムを錫杖のような杖で殴りつけている。どうやら手出しの必要はなさそうだ。
春香も攻撃力など殆ど無いワンドでポコポコ叩いている。やはりところどころ慣れていない。
「手に入るのはやっぱり【ドルマ】だけだな」
大悟は入手したお金を見た。後はモンスターからのドロップアイテムとして「粘液の元」というのが手に入った。どうやら錬金術の素材らしい。
春香は錬金術の能力でそれを鑑定する。【乾燥した粘液で水を加えるとゲル状になる】という説明が出た。
「何に使うのかしら?」
「さ、さあ……?」
大悟は口を濁した。それからしばらく山を歩く。出てくるのは弱いモンスターばかり。春香も慣れてきて、教えてもいない安全マージンの計算とかをしている。
三人は順調に山頂に近づく。山頂には円形に並んだ石があった。いかにも曰くありげだ。幸いポーションは一つも使っていないし、MPも十分余っている。大悟達はそのまま山頂を調べることにした。
「何かの遺跡かな」
「そうね、宝とかはないのかしら」
大悟と洋子が遺跡の周りを回って調べていると、
「九ヶ谷君、洋子。周囲の状況が変化したわ」
春香が警戒を呼びかけた。大悟と洋子は周囲を伺うが何の変化もない。
「魔力数値が上昇しているの。えっと、視界の色が変わって……、だんだん色が濃くなっていくみたい」
どうやら職業、あるいは技能により、見える光景が変わるらしい。これは凝っている。さっきの噂の合成といい情報交換が重要そうだ。
(もしかしてこれがコンセプトと関わるのかな? ソロプレイに厳しいと)
これが仕事であることを思い出し、大悟は心のメモに書き込んだ。
「一応警戒しよう」
「そうね」
大悟と洋子が春香の前に出る。それを待つように、地面の色が一変した。
現れたのは遺跡の円形の石をなぞるような、巨大な魔法陣だ。マグマのような色と光。その魔法陣がひときわ大きく光った。
次の瞬間、突然地面から巨大な三首の犬とも獅子ともつかない怪物が現れた。
「すごい迫力だな」「そうね、こういうところはさすがVRね」
大悟と洋子がその迫力に感心する。
「双頭の奇形ならともかく、3つの頭がそれも中心のも正常な形態形成を経るのは難しいそうだけど」
一人バイオなことを言っている春香はおいておいて、大悟は巨大なボス?モンスターに剣を向ける。
おそらくこのクエストの最終目的だ。ただ問題がある。最初にであうボスにはとても見えないのだ。
「見掛け倒しで、実は幻影とかの引掛けとか?」
「引っ掛けか。なるほど、ありうるな」
洋子が防御力を上げる魔法を大悟にかけた。
「ちなみに春日さん。このモンスターの魔力とかってわかる」
「今見えるようになった。この犬の奇形は1万ちょっと。ちなみにさっきのアメーバが3」
「はっ?」「えっ?」
春香の言葉に前衛二人が間抜けな声を上げた時、ケルベロス? は大きく口を開けた。
ゴォォォォォォォォォーーーーーーー!!
そして、吹き出す青白いブレスで3人を消滅させた。
「いきなり死にイベント!?」
大悟は真っ黒になった視界を前につぶやいた。だが、しばらく待って現れたのは……
【GAME OVER】
という無情な表示だった。大悟はHMDを額に上げて、現実の光景に戻る。眼の前にまだ地獄の炎の残像がある。
「なによこれ、クソゲーじゃない」
口汚い罵りの声が隣のブースから響いた。
◇◇
微妙な表情のまま、HMDを抱えて会議室に戻った大悟達。他のクラスメイト達はすでに戻っていた。彼らは興奮した表情で、新作ゲームのグラフィックの美麗さや戦闘の迫力などを語っている。
それを聞く開発者は真剣な表情で「具体的にはどこが良かったですか?」など質問している。
テストプレイの報告書を作っているようだ。立場や視点が違う同僚や上司にどうやって意見を伝えるか、などと指導されているのを聞くと、なるほどインターンなんだなと思う。
大悟達に気がついたチーフの男が、討論から抜けて近づいてくる。
「春日さんたちも終わりましたね。では3人はESOのコンセプターと話し合ってください」
「コンセプター? ですか」
「ええ、あの企画を立ち上げた人間ということになります。普通ならディレクターと言うんですが、パイロットプロジェクトということと立場が特殊なのでそういった肩書になっています。先ほど……出社して自分の部屋でお待ちしてます。場所は四階ですからこれを持っていってください」
大悟達はカードキーを渡される。ちなみに最初に説明を受けた時は、四階はインターン生達は立入禁止と言われていたのだが。
エレベーターで一つ上の階に上がると、すぐにドアがあった。渡されたカードキーで開くと、通路の左右にドアが並ぶ。
大悟達は指定されたドアをノックする。「どうぞ」という若い男の声がした。恐る恐るドアを開くと、中は小さなオフィスだった。窓際に、一人の男が背を向けて立っている。
その姿に、大悟は思わず足を止めた。混乱して左右の春香と洋子を見るが、二人も困惑している。
「どうしました。そこにかけてください」
男が振り返った。柔和な笑顔。背丈は大悟と同じくらい。つまり普通。そして、彼の着ている服も大悟と全く同じ紺のブレザーとグレイのスラックス。
つまり、彼らの高校の制服だ。学年章を見るに三年生だ。
「結城先輩」
洋子が硬い声で言った。その名前で思い出した、生徒会長だ。
2018/05/06:
来週の投稿は(水)(土)の予定です。




