4話:後半 コネ
「ごめんなさい」
ラタンのテーブルの向かいで春香が謝った。学校を出た二人は、大悟の家の喫茶店に来ている。
「元々は僕の成績が情けないわけで。春日さんが教えてくれなかったら次点にも届いてなかったから」
大悟は両手を振った。
「そうです、そうです。土日まで使って馬鹿兄に教えてくれたのに。ほんとごめんなさい」
ウェイトレス姿の妹が兄に代わってペコペコ頭を下げる。もし、店の外から見たら、客に水をこぼしたように見える勢いだ。
「でも、それだって夏休みに私が…………。どうしよう…………。待ってもしかしたら……」
春香が顔を上げた。何かを思いついたようだが、大悟はいやな予感がする。
「そうよ、いっそのこと不純異性交遊という話にしてしまえば良いのかも……」
「えっ!?」
「学校が……ううん、私の家が恐れてるのはそこだもの。大丈夫、私が九ヶ谷君を無理矢理襲ったって形にするから。罰せられる可能性があるのは私になる」
「大丈夫じゃないから。ね、冷静になろうよ」
大悟は必死で春香をなだめる。確かに、当たらずしも遠からずの事態は発生した、春香にベッドに押し倒され馬乗りになられるという。だがそれとこれとは全く別の話だ。
普通にしてれば優秀で、普通じゃない時はもっと優秀なのに、どうしてテンパると発想がことごとく自爆技に走るのか。
「そ、そうですよ。春香さんの名誉の方がこの馬鹿兄なんかよりもずっと大事ですよ」
妹も必死に春香を押さえる。兄妹が春香を翻意させようとしていると。
チリンと涼し気な音がして入口のドアが開いた。
「綾ちゃん久しぶり」
レジの方から母の声がした。
…………
「ふうん。そんなことになってたか。まあ、一波乱くらいはあると思ったけどね。あの噂かなり広まってたし」
綾が注文も無しで出てきた紅茶を一口飲んでいった。妹は春香と綾の顔を見比べながら、テーブルから離れた。今は、カウンターの向こうからチラチラとこちらを見ている。
「所詮学生の中の噂話だろ」
「あのね、春日家に関係する企業に勤める親がいる生徒がウチに何人居ると思ってるの。ちなみに近藤洋子もその一人よ。近藤建設の令嬢。まあ、噂には関わってないけど」
「そ、そうなのか」
近藤建設は大悟でも知っている建設会社だ。ビルやマンションなどの工事で防音シートにデカデカと名前が刻まれている。
「ちなみに私の家も潰れる前はそう」
綾はしれっととんでもない情報を付け加えた。綾の家が小学校から中学校の間くらいに大変だったことは知っていたが、もちろん子供に分かる範囲の話。まさか過去に、春香とそんな関係があったとは。
綾と春香の間にあるよくわからない関係は、つまりそこらへんのことが……。
「地方都市なんかにはまだまだ残ってる関係だね。そんなことはどうでもいい。それより春日さんでしょ。逆レ○プとかいくらなんでも副作用大きすぎ」
「な、なんて言葉を使うのよ綾……じゃなくて小笠原さん」
「春日さんが言い出したことでしょうに。というか、そんな発想が出てくるなんて意外だね。なにか具体的な出来事でも?」
「な、ないわ。九ヶ谷君は紳士だもの」
「いや、この場合は大悟がじゃなくて……」
「と、とにかく綾も反対だよな」
大悟は口を挟んだ。綾は大悟と春香をじっと見る。そして、紅茶を一口飲んで、ダージリンの香りのため息を吐いた。
「まあ、春日さんの気持ちも分からなくもないけど」
「いや、だから悪いのは――」
「だってそうでしょ。自分は大悟に将来の夢を守ってもらったのに。逆に大悟の将来の夢を邪魔してるんだから」
「えっ」
綾の言葉に大悟は衝撃を受けた。春香が情報の科学のレクチャーを置いても、一生懸命教えてくれたのはそういう意味が……。
「私は非論理的な決定が我慢できないだけだから。そ、それに、このままじゃ情報のレクチャーが全然進まないし」
春香が窓側に表情を逃がした。心なしか白い頬に熱がある。綾はそんな春香をしばらく観察していたが、ふっと視線を外すと大悟に向き直った。
「やれやれ。まあ、といってもインターン先に関しては大した問題じゃないでしょ」
「そりゃまあ、そう言われればそうだけど」
大人しく実力通り第二希望、何を書いたか忘れたが、に回ればいいだけだ。もちろん未練がないといえば嘘になるが、別に今回のインターンがどうなろうと大悟にとって致命的ではない。彼の夢は別にゲーム会社に勤務することではないのだから。
「違う違う。いい、今回の件、大悟がフェリクスの希望者の次点であることは衆人の前で確定していて、しかも、春日さんの抗議でこれ以上は下げれないわけでしょ。なら、フェリクスが受け入れ人数を一人増やせば良いだけでしょう」
「いや、だからそういうコネみたいなのはだな」
大悟は春香を気にしながら言った。家が絡んでいるとわかったときの春香の様子。そして、もう一つ気になるのは春香が理系志望を隠していたこと。
少なくともお姉さんは理解しているようだが、今回みたいな反応を見ると春香に無理をさせるのはまずい気がする。
「だから違うって。春日家のコネじゃなくて、大悟のコネを使えばいいのよ」
「はっ!? いやいや、僕にそんなものあるわけないだろ」
フェリクスのソフトは幾つも買ったことがあるが、特典の抽選すら当たったことがない。
だが、綾はスマホを取り出すと大悟が止める間もなく電話を掛ける。
「大場先生。ええ、その度はどうも。ええ、前回のことでちょっと力を貸してほしいことが。確か以前聞いた話では、先生のコンピュータセンターでフェリクスと共同研究が……」
◇◇
週末。教室に張り出されたインターン先の本決定。大悟はフェリクスに割り当てられた”五人”の最後の一人に滑り込んでいた。実際には枠のほうが広がったのだが、大場の口添えで本当に定員が一人増えたのだ。
ちなみに、表を貼るときの担任の疲れた目が印象的だった。下手くそな手出しの仕方したんだから自業自得というのが綾の言葉だ。
「チッ」
洋子の舌打ちが聞こえた。もうちょっと令嬢らしくして欲しい。ただでさえもう一人の令嬢は、大悟に関しては礼儀とかいろいろ怪しいのだ。
「よかった…………」
ただ、大悟以上にホッとした顔になっている今の表情はなんというか一種の可憐さが……。
「これで何の問題もなく情報の講義に戻れるわね」
「あっ、うん。そんなことだろうと思った」
「ルーシアさんは和菓子工場なのね」
春香が視線を金髪の新クラスメイトに移した。もしかしたら、と思っていたのだろう。確かにタイミング的にアヤシイが、いくらプログラムに詳しいと言っても、高校生だ。
大体、さららならともかく大悟達、特に大悟だが、から何を探るというのか。
(それよりもだ、来週からフェリクスのゲームスタジオか)
大悟は配られたインターン用の冊子を見る。多くの画面が並ぶフェリクスの開発室の写真が貼られている。
実際のゲーム制作現場を体験できるのだ。大悟が考えているようなアマチュア制作とはスケールが全く違うとはいえ、ワクワクする気持ちを止められない。
2018/04/27:
来週の投稿は月曜日はお休みさせていただき(木)(日)の二回の予定です。
よろしくお願いします。




