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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
99/141

2/1〜 春季キャンプ⑤

キャンプが始まり1週間が経つ。

スケジュールの半分で武田さん、もう半分で妻木が付いてきており、一人の時間がオフの時以外ない。体調や負荷などは今のところ大過なく、体は元気なのと、スプリットチェンジの習得が順調なのが救いかもしれない。

2クール目とはいえ、去年に比べるとかなりスローペースでの調整だが、うまく行くだろうか。

そう思っていると、誰かが俺の右肩を軽く叩いた。


「や。どうだ、調子は」

「おわ、監督。お疲れ様です。あ、今日巡回でしたっけ」

「ああ。1軍は中々見るところが多くてね。ようやっとだよ。足の具合はどうだ?」

「なんとも、ですね。動かしたりちょっとした負荷をかける分にはなんら問題はないですが、継続してどうかといったところです」

「ふむ。まぁ、そこはもう仕方ないな。様子見つつ、こちらでうまく管理しよう。今年も頼むぞ」


その言葉に俺は一つ頷き、監督に見せるよう、スプリットチェンジとカッターをそれぞれ投げる。

負荷を緩めにしているが、そこそこスピードは乗っていて、感触としても悪くない。


「今のは?」

「先に投げたのがスプリットチェンジで、次がカッターです」

「ほう。習得する球のチョイスがいい。もちろん、ボールもいい。うん、これは楽しみだな。…あぁ、そうだ。今年だがね。武田とクローザーを争ってもらおうと思ってる」

「あー…。武田さんからちらっとは伺いました」


言っていいものかと迷いながらそういうと、吉永監督は咎める事なく磊落に笑った。これは別にバレてもいいようだ。


「はっはっは!堪え性ねぇなぁあいつァ」


まぁ、予想通りなんだろうなぁ。

そんな風にコミュニケーションをとったあと、監督はケージバッティングを見ると言って外へと出て行ったのだが、入れ替わりに入ってきたのは古沢さんと十川さんだった。

年長組と一緒に春キャンプで調整などちょっと前まで思いもよらなかったなと感慨に耽りつつ、挨拶をする。


「古沢さん、十川さん、お疲れ様です」

「おう、ヒサお疲れ」

「よォ。ア?もうブルペン入っていいんかお前」

「えぇ。肉離れとかそういうのではなかったですし」


妻木と武田さんがべったりだったから、その二人以外とあまり会話がなかったのを改めて認識する。

他愛のない会話やそれぞれの自主トレ期間の話をしながら、俺たちは並んでボールを放る。


「ヒサおめーよぉ、自主トレ別の奴とやるなら早く言えよ。せっかく俺が教えてやろーと思ったのになァ〜」

「押し付けがましいな十川。そう言いつつ俺に声かけなかっただろうに」

「いや〜…。ま、ちょっと金子の玄くんがね?色々教えて欲しいって言うもんで…。その準備とか色々してたら声かけ忘れてたって訳ッスよ。…いやすんませんした」

「俺は俺で色々やりたかったから気にしてない。と言うよりはヒサにもそういってやるなよって話だ」


本当にあっけらかんと、古沢さんは言ったが、実際言葉通りなんだろうなと思う。俺や佐多なんかに対してそうだったように、古沢さんは相当面倒見がいいから、自主トレに後輩を連れて行くと多分かかりきりになってしまうだろう。

そうなると、自然自分に割く時間は無くなるので、今回俺や十川さんが声をかけなかったのは古沢さんにとっても良い事だったのかもしれない。

そんな風に考えていると、十川さんが俺の背を軽く叩く。


「ま〜、冗談。悪ィな。あ!でもお前、原と一緒だったって?どーだった?」

「カッターを教えてもらいました。こんな感じっす」


十川さんの問いに成果で答える。妻木の高速スライダーに比べると、俺のカッターに面白みや凄みなどはないので、十川さんは、ふ〜ん、と気の抜けた反応をする。


「カッターか。後は落ち球がもう少し落ちるか速ければ構成に幅が出るな」


古沢さんは十川さんとは対照的にアドバイスをくれたので、武田さんからスプリットチェンジを教わったと話した。


「武田が?あいつスプリッター持ってたのか」

「あるンすよ。ノーブルん時投げてた気がします。つーかヒサお前よ〜。スプリットなら俺に聞けよ〜。あんな変態クソゴリラじゃなくてよ」

「スプリットチェンジ、ではないと思いますけど…。スプリット自体はあるみたいですね。肘の負担を考えるとそれがベストだから覚えろと」

「なるほどな。武田なりの考えあってだってことか」

「あのゴリラに気遣いできる甲斐性とか残ってたんか?」


ぼ、ボロクソ言うじゃん。

それはさておき、この2人がここに来てくれたのはある意味渡りに船だ。どちらも経験豊富でフォーク系の落ち球を持っている。

その辺りの知見をもらいたいと思っていたところで、話をすると古沢さんも十川さんもあっさりと了承をしてくれた。


まずは実際に、と古沢さんがストレートとフォークを投げる。どちらも数字自体はそこまでだが、ストレートには威力が、フォークには落差があり、三振を取れる質のボールだった。

というかこの人今年36だよな。2年前と比べても全然遜色ねぇじゃん。


「セットアッパーとか、大内さんの代役でクローザーやってた時はもうちょい落ちてたんだけどな。どっちにしても、振らせて三振を取るのが俺のフォークの役割だな」


古沢さんの解説を最後まで聞こうと集中はしていたつもりだったが、その衰えの緩やかさに思わず俺は頭の数字を確認する。

転向前は13だった数字は、2年の時を経て7まで減って来ている。下手したらこの人40くらいまでやるんじゃねぇか?


「んじゃ次俺な。まぁいうて俺もそんな落差はねぇんだけど」


十川さんがそう言ってそのまま投球に入るので、目で追おうとした時、十川さんの数字もするりと脳が処理をする。

2。


御年33、昨季13勝を挙げたにしては残りが少ない。

ボールが土を抉る音と、鈍く、ミットがボールを捕まえるくぐもった音が耳に届く。

去年の自主トレで、古沢さんが言っていた言葉が、頭の中でリフレインした。

"あぁ壊れてたんだ"。


無駄に精度のいい俺のこの能力を前に、冗談だと思いたいがそうは思えない。

しかし、あくまで現実であって欲しくない、なんて思いながら、俺はそれとなく、違和感ないよう十川さんに質問を投げてみる。


「ちなみに十川さん、スプリット投げてて怪我したことは?」

「ア?ねぇよ?大卒以降不調離脱はあるが、怪我でどうこうなったこたァ、一度もねぇな」


空手にしていた左手の窪みに、じわりと湿り気を感じる。

十川さんの答えに、そうなんですね、と震わせないよう低くした声で返事をし、帽子を軽く抑えてボールを左手に持つ。

飲み込めない情報を咀嚼するように、マウンドの穴を何度もスパイクで引っ掻いた。

滲んだ汗は、結局引かないままだった。

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