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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
97/141

2/1〜 春季キャンプ③

プロとは何か、と問われた時、俺ならば再現性の極めて高いプレイヤーだと答える。

再現性の発揮については、同じプロプレイヤーに通用するなら全般的でも局所的でも構わないと個人的には思っていて、この辺りが一芸特化の選手が生き残れる理由だったりするとも俺は考える。


同じことを繰り返し、変わらず、いや、変えずにやるのはとても難しい。体調やメンタリティ、果てはその日の湿度気温すら、揺らぎを発生させる要因だからだ。故にこそ、我々はせめて動作だけでも形状記憶合金のごとく為さしめんがため、日々練習を繰り返すわけである。


「今度はどうですか」


20球ほど投げ込んだ妻木が、俺と津田さんと木下コーチの方を見てそう言う。

2200台後半まで来ていた回転数は元通りになっていて、腕の位置もいつもと変わらない位置に戻ってきていた。

フォーム探しの旅、と揶揄されることもあるが、フォームの変更はそんな優しく、そして希望に満ち溢れたものでもない。


元々のフォームに対する再現性を捨て去って、例え劣化していようが最もマシな地点でとりあえず糊口を凌ぎ、そうして多くの場合、旅の途中で死神の手が肩に乗る。

旅というにはあまりにもあてどなく、そして致死率が高い。

妻木の問いかけには、木下コーチが動作を交えながら答えた。


「腕がやっぱり少し低くなってるな。久松のトップはこうで、妻木のはこう。最初のうちは高かったけど、元の位置より少し低くすらある。ただ、まぁ時間はあるからおさらいしよう。久松、ちょっと何球か投げてもらっていいか」


そう請われて、俺は軽めに2球ほど放る。

意識してしまうと参考にならないかなと思い、頭を空っぽにしたつもりだが、球質は存外悪くない感じだった。


「うん、やっぱこうだな。で…」


俺の動きを確認した木下コーチの指導に、熱が入り始めた。

妻木ほどの素材であればそれはそうなるだろう。

と、人のことを気にしている場合でもない。俺もやることやらねば。

目下、カットボールは習得こそ出来たが、その精度と再現性を上げるのがこのキャンプでの課題だ。自主トレでの負荷は軽くでおさめたし、オフの多くを体のケアに費やしたが、それ故に地力の上積みは出来ていない。蓄積疲労度の爆弾が爆発する可能性もあり、6年目にして探り探りのキャンプになってしまっている。

アラサーだというのに。


とまれ、やること自体は決まっている訳だし、やらなければ立場を失うので、色んな意味での自己管理をしていかなければならない。

そう改めて思い、カッターを投げようとした矢先。


「ここにいたか久松ッ」


タイミング、タイミングが良くない。

今日は妻木に付き合うって決めたのにここで来るかね武田さん。

こっちの心持ちなど当然つゆ知らず、いつもよりやや力強い歩調でこちらに近づいてくる。


「聞いたぞッ!俺とお前でクローザーを争うらしいではないかッ!!」

「えっ?いや…、僕は聞いていませんが…」

「なにィ?まァいい!そういう事だ!」


良くねぇよ。どこ情報だそれ。

そんな一瞬の突っ込みも許されず、武田さんは自分の要件を話し続ける。


「フッフ…。年甲斐もなく、というには俺もまだ若いようでなァ…昂る情動を抑えられなんだ!久松よ!我が弟子よ!今年こそその力をぶつけ合おうッ!」

「は、はぁ…」

「うむッ。…おおそうだ。何も今お前の下に来たのはそれだけではなくてな。いや何。あくまで俺はより良いポジション争いがしたいだけであって、それ以上の意図はないのだがね。このオフの期間、疲労抜きでまともに変化球の研鑽など積めていなかっただろう?お前に新球を伝授しに来たッ」


武田さんがそういうので、俺は内心相当に驚いた。

変化球なんて覚えられるなら覚えられるだけあった方がいいので、この申し出は色んな意味でありがたい。ついでにちょっと本物の師匠っぽい。

とはいえ、変化球については原さんにしっかりと教わっているので、そこは義理を通すべく、俺は努めて先ほどと同じ口調で返事をする。


「…一応カットを覚えてきましたが」

「…」


沈黙。この人が黙りこくるのも珍しい。


「…このオフの期間、疲労抜きでまともに変化球の研鑽など積めていなかっただろう?お前に新球を伝授しに来たッ」


はいって言わないと進まないイベントだったらしい。めんどくせぇなぁもう。


「…ありがたい限りです。ただ、今日はご勘弁を。妻木に色々と聞かれてるものですから」

「何ィ!?」


武田さんの鋭い視線が妻木に向いた後、すぐに俺の方に戻ってくる。何故。


「久松…。お前、弟子を…?」

「弟子じゃないです」


俺がそういうと、妻木は少しだけ瞼を跳ね上げる。なんで驚いてんだよ、と思ったら、弟子じゃなかったんですか、とか抜かしだした。こいつ淡々とボケるタイプか。いやそんな事は今は本当にどうでもいい。


「ということは…、妻木もクローザーを…?」

「違いますよ?」

「その辺にせぇ!ややこいねん!」


たまらず、といった様子で津田さんが間に入る。助かった。


「武田。まぁ今日はとりあえず勘弁したってや。で、それはそれとして新球やって?スラカッターシンカーチェンジと、速球派に欲しいところはあらかた抑えとんちゃうのん?これ以上覚えてそーいうバランス崩れたりせんやろな?」

「もちろんですとも。なんならカッターを習得しているのは僥倖かもしれませんなァ」


慇懃にそう返した武田さんは、再びこちらを見る。

そして、いつものギョロリとした目をくわと見開き、俺にこう言った。


「久松よ。お前にはスプリットチェンジを伝授するッ!このキャンプで必ず習得し、活かしてみせい!そしてッ!俺と激しくクローザーの座を争おうではないかァッ!」

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