2/1〜 春季キャンプ②
革同士の弾けるような音が、薄い金属製の屋根に跳ね返り響く。
妻木の真っ直ぐは、仕上がりがまだまだ先とは思えないほど威力が出ているように見えた。
それは俺だけではなかったようで、津田さんと、2軍投手コーチの木下さんが感嘆の声を上げる。
「速いねェ」
「や、まあ、去年一年見てきとるからアレやけど…。え?これ久松のストレートホンマに要んの?時期関係なく出力フツーに足りてへん?」
いやほんまに。
「1年やっての課題として考えてるのがイニングイートなんですが、イニング数稼ぐなら、もう少し出力抑えつつ投げられた方がいいかと判断してます。本当は出力自体も上げたいんですが、それはまだ早いと止められまして」
「吉永さんか宇多さんあたりがそういうたんか?」
「はい、お二人から。ただ、それを提案というかストップをかけるよう進言したのは古沢さんらしいんですが」
選手の将来性や成長系の話をしたとき、素材型と評される選手がいる。平たくいえばプロ入りした後、うまくやれば能力やフレームが大きく伸びそうな選手のことだ。多くは身体能力が高く評価されてプロ入りする訳だが、無論、このうまくやればというのが難しく、例えば速い球が打てないだとか、どうしても悪癖が抜けないだとかでモノにならない事もままある。更に加齢による体力筋力のほか、視覚聴覚などセンサー系の衰えなどにより、一気にガタが来る者も少なくない。夏の蛍のように、ほんの1シーズンだけ強い輝きを放ち球界を去っていく、なんてのはいい方で、大抵は蛍になれず、光を放つことすらなく闇に溶けていく。他人事のように言っているが、俺もこの域から抜け出せている訳ではない。
対として扱われるのは即戦力型だろうか。読んで字の如くであり、アマチュア・独立プロ所属の時点から高水準の能力を有している者を指す。大体の場合、身体的成長が終わっている年代の選手≒大卒・大卒社会人の選手がこう呼ばれ、指名の上位下位を問わずレギュラー候補生としての視線を送られる事が多い。
では、この二つは相反するものなのか。
答えは否である。高い即戦力性を有しつつ、身体的・技術的な拡張性を持つ選手は稀にだがいる。
例えば、目の前の妻木。182センチという身長ながら、体重は71キロとまだまだ細いため、パンプアップの余地、つまり身体的拡張性はある、と考えられる。
古沢さんが球速アップを一旦留めようとしているのは、体を大きくした場合、怪我やメカニック悪化のリスクがあると判断したからだろう。
妻木は賢い。俺のストレートを欲しがっているのは、その辺の話を織り込み、理解した故なのかもしれない。
「回転数、どうでしょうか」
「2183や。平均よりちょい低い程度やね」
それでもボールに力はあり、スピードは出ている。これが152とか153とか叩くようになったらもはやパワーピッチャーの域になってくるが。
「回転数はまぁ確かに大事や。でもおんなじくらい味付けも大事やで。俺のいう味付けっちゅーのは、よく言われるホップ成分だとか、球速そのものの事なんやけども」
腕を組んだまま、津田さんが続ける。
「ホップ成分は、"球が落ちない"っちゅー要素やわな。球が落ちてへんっちゅー事は、球速も落ちてへんように見える、ちゅーこっちゃ。…ただ、ここに齟齬があってな。この両者はイコールじゃあらへんねん。打者の軌道予測をずらしてんのはホップ成分であって、球速云々やない。回転数云々でもない。せやから、見るべき、変えていくべきなのは回転軸なんかの回転そのものに関する要素や」
「妻木のボールは速いと思う。だけど、久松のボールと比べた時、数字と体感の差を感じるのは久松の方だよな。今津田くんが言ったホップ成分もそうだけど、ベースの球速も関わってくる。いわゆる、"ノビ"という要素の恩恵を、より強く受けるのが久松の球速帯なんだ」
津田さんの結論に、木下コーチが付け加える。
「いや何、母数の問題でね。仮に二人のボールが持つ性質が体感だとプラス5キロ早く感じると仮定しよう。145からだと150。この球速を投げられるピッチャーは右左問わず多いよな。でも、150から155となると、ちょっと話が変わってくる。この速さのボールを投げるのには、途轍もない努力か、非凡な才能が必要になってくる。左なら尚更、ね。そう考えると、150に見えたぞ、と、なんか速く見えるぞ、では肌感覚や打者の心構えも変わってくると思わないか?」
「…なるほど」
こういう感覚的な話も素直に頷ける程度には、妻木の頭は柔らかいらしい。いやはや、成長率も高そうで本当に参った。
俺、こいつとポジション争いしろって言われた時勝てるかなマジで。
いや、技術を明け渡そうとしてる時点でそれは考えない方がいいか。
「まぁ、座学的なところはこのくらいにしときましょか。じゃ次、センパイが実際どんな風に投げてノビ出してんのかって気になるよな。ヒサ、自分と妻木、どこが違うかいうたれ」
「え?あー、わかりました。まずは自主トレの時少し話したけど腕の角度。スリークォーターの中でも腕の角度が低い部類だよな妻木は。だから、もう少しオーバースローに寄せる感じで。球持ちは維持しつつ。ボールを投げる時は、指先で叩くイメージも大事だけど、指を滑走路に見立てて、この長さ分全部接地させるような感じで…」
話を振られた俺は、つら〜っと一通り説明をする。
こういう感覚的な話をして、他人に伝わるのかがいつも疑問なのだが、妻木の真剣な顔を見ると、まぁとりあえず聞かせてみるだけ聞かせるかという気持ちになる。
聞き終わった妻木は、一言なるほど、というと、再度投げてみますとフォームを作った。
いや、分かったんか?そう思いながら、妻木の投球動作をぼんやりと眺める。
「こんな感じですか?」
すらりとした手先を立てつつ、腕はいつもより角度をつけて放られたボールは、さっきよりも高い威力でミットのポケットを圧した。
俄かに風を切る音が聞こえ、俺たち3人は息を呑む。
「…もう回転数あがっとるがな…」
恐らくはリリースの意識が改善されたために、球持ちが更に良化したのだろう。津田さんが持つタブレットを覗くと、比較値やら回転軸やらの詳細が出る。うわぁ全部良くなってんじゃねぇか。
回転数やらの良化を津田さんが妻木に伝えると、妻木は眉ひとつ動かす事なく、そうですか、と返した。
とんでもない奴が、俺のすぐ後の世代に生まれてくれたものだ。
教えるの、やっぱやめときゃ良かったかなぁ。
メカニクスエアプのため誤解や誤認がありそう。
何か致命的な誤り等ありましたらご指摘いただけると助かります。




