11/19 成功者の病
ドラフトでは、欲しかった華隆大の田島をノーブルナイツとの競合の末手に入れた他、2位で大卒No.1左腕の錦、4位では打力ある社会人外野手として評価されていた三木を獲得し、現状要るものを全て手に入れた筈だったが、それでもなお、ネイビークロウズ監督、吉永慶次郎は頭を抱えて唸る。
ドラ3で北陸独立リーグ期待の星である高山、ドラ5では高卒で素質が高そうな内藤を獲得しており、順風満帆と言えるだろうに、それでも満足いかないというか、不安に近いものに襲われていたのである。
それがために、扇や蜷川、1軍投手コーチの宇多と楠木を呼んで話をしようとこの会議室に集めた。が、ため息が止まらず唸りも止まない。
「おーい。はぁ、とかうーん、とかばっかり言ってねぇで用件喋ろうや。お前にしちゃえらい思案が長ぇようだがよぉ」
「…いやぁ。悩ましいな、と思いまして」
「私や楠木さんが呼ばれたということは、投手運用についてのお話でしょうけど、それでそんなに悩まれているので?」
蜷川が口火を切り、宇多が探りを入れる。
いずれも促すような口ぶりで話すが、それでも吉永の出足は重たい。
「うーん…、その…。来年の投手運用についてなんですが。大体図面は描いてるんです、先発については」
語尾にアクセントを置いた吉永の様子を見つつ、楠木がこれも探り探りに聞く。
「と、いう事はブルペンですか?飯田を後ろに回すのは前から聞いてましたし、武田もフィリップも来年は居ますよね。何か懸念が?」
当事者意識がない、などと吉永は思わなかった。ある種自分だけの感覚、病気のようなそれだと半ば自覚があったためである。
子供がおもちゃを壊しかけた時のような、そんな気弱な声で吉永はこう問うた。
「久松…。来年も今年とおんなじような使い方したらダメですかねぇ…」
ぽかっと口を開けたおじさんが4人、目を泳がせっぱなしのおじさんをじっと見る。
そうして、それぞれ顔を見合わせたあと、口々に思い思いの言葉を吉永へぶつけにかかった。
「吉永君それはちょっと…。流石にキツいのでは? 」
「おんまえさぁ〜…。言われたんだろ?篠原にさ、壊れちゃうぞこんままだとっつってよぉ。また説教されるぞぉ?」
「前例がなさすぎて何も言えませんが…。吉永さんらしくない、リスクの大きい手のように思います」
「酷な気がしますが…」
そりゃ言われるよなぁ、という渋い顔をしながら吉永は宥めるように右手を前に出す。
「皆さんが、皆さんが仰る事はごもっともです。篠原コーチの懸念も忘れてはいけないと、私自身戒めとしています。ただ、ただ、ですね。監督業やってる故の吝嗇なのかね、あるいは病気かもしれませんが、こういう考えがよぎるんですよ」
そういうと、吉永は手元にあったペンを3本ほど並べ始めた。
「まぁ例えば来季、久松を勝ちパターンで使うと。久松フィリップ武田。いや、堅い。他球団と比べても、かなり質の高い勝利の方程式でしょう。でも、見方を変えると、先発は6回までしか投げず、そこから3枚も投手を使って逃げ切りにかかるわけですよ。…実に勿体無いというか。久松だったら1枚で済むのになぁ、と」
3本のペンのうち、一つを太いものに入れ替えながら少しだけ俯いて話す吉永の顔は、他の者からだと俄かに影が差して見える。
「久松はね、難しいんですよ。使うのが。レベルアップしたのは間違いない。だけど一発を貰いやすくて、クローザーやセットアッパーにするには少し不安がある。同じ理由でファイアマンにも向かない。篠原君の進言を容れて前で回ってもらうのはいいが、妻木、土井、今年取った錦と、左は揃い過ぎている。仮にこれでFAから原を獲得出来たらここでも使い出が薄くなる。…こんな考えが堂々巡りしていましてね。功利主義的かもしれませんが、久松の成績とチーム全体に取っては3イニング消化するクローザーとして回ってもらうのが最良の選択なのではないかと、そう思ってしまうんです」
コーチ陣と蜷川はこれに口をつぐむ。
それは、久松に対する吉永の評価は正鵠を得ていると考えたからに他ならず、実運用を行う立場やそれに近いところに居たがために、最大限能力を発揮する事の重要さを知っているが故だった。
2025シーズンにおける久松の働きは、それほど大きく、そして上振れて見えている。
しかし一人、編成を司る扇はこれに対して手札を切ってきた。
「…わかりました。ただ…。編成として一つ意見というか懸念をば。いえなに、武田君がポスティングさせろと言って来るのでは?と思ってましてね?」
「ポスティングだぁ?最速でもお前34とかじゃねぇのあいつ。アメリカのチームが欲しがるんかねぇ?」
「そこはともかく。見通しとして、ブルペンの大駒が一つ消える可能性があるという事ですか?運用する人間としてはあまり想像したくありませんが…」
「えぇ、えぇ。まぁそこの確実性やらはともかく。彼もねぇ、来年には250セーブを達成するでしょうし、そうなると、日本でやる事なくなりますから。加えてフィリップもいつまで居てくれるかわからない。ならば、久松君にリリーフ陣の柱として、1イニングという鉄火場の経験を積ませていいんじゃないかと」
扇の言葉を咀嚼し、吉永は口元に手をやった。
それを機と見てか、宇多が意見を言おうと手を挙げる。
「私もGMの仰る通り、久松に1イニング任せて良いと思います。フィリップとのツープラトンで起用する手もありますし。その辺り楠木コーチとしてはどうです?」
「運用する分には問題ないと思います。イニングイート要員としては大西渡辺がいますし、飯田も2イニング行けるくらいの能力はありそうですから」
「あ、俺からもいいかい?2軍見てた限り、土井は来年ローテで回れるぞ。ありゃあいい。他にも、3〜4年前の高卒ドラフトで入ってきたひよっこども。体が出来てきたから、2、3人は使えるだろう。竹内なんかは春の一軍キャンプで見てやってもらいたいくらいだ」
4人がそれぞれに述べた意見を耳に入れた吉永は、一旦目を瞑り、ややあって、邪気を払うようにゆっくりと瞼を上げた。
「わかりました。久松は来季勝ちパターンで。…ちなみに武田とクローザー争ってもらうっていうのはどうです?」
少し晴れやかになった顔で吉永が聞くと、付き合いの長い宇多が心底嫌そうな顔で答えた。
「武田のモチベーションは非常に高くなると思いますし、久松に取っても悪い経験にはならないかと。…ただし、春季キャンプは興奮しっぱなしでしょうね…。なにぶん変態なので…」
あ〜…、と扇、吉永、楠木がそれぞれ苦笑いを浮かべた。
「そうかい、ひと月ふた月興奮しっぱなしかい。まぁ、変態ならしょうがねぇやな」
何もしょうがなくはないが、想像するのもそれはそれで厄介だと、蜷川の笑い声とその言葉で、武田に関してはそれ以上考えないことにした。
250セーブという記録について、興行面や本人の意思なども含めて熟考・検討はされるべきなのだが、ともかく、この場においては考えないことにした。




