10/24 契約更改
昨年と同じように、俺は応接室に1人座って先方が到着するのを待つ。
年俸が上がった記念にと仕立てたグレーのスーツは少し緩めに作ったはずだが、今年少し成長したのかちょうど良いくらいのサイズになっていた。
光沢の残るスーツの袖先につけた、去年と同じ腕時計を確認する。定刻になりそうだ、そう思った瞬間、ノックの音がした。
「や。どうもどうも。今年もお待たせしちゃってすみませんねぇ」
そういいつつ先頭で扇GMが入ってくる。次いで吉永監督、そして最後に佐々木球団本部長が入室し、ドアが閉まった。そうして、各々が腰掛けていく。
あれ?正面本部長?GMじゃないの?
「さて、では久松君。契約更改を始めましょう」
「っと…。すみません出鼻を挫きますがお伺いしてもよろしいですか?」
「何か?」
「去年は確かGMと監督のみだったと思うんですけども…。今年本部長がいらっしゃるのは一体…?」
俺の質問に、佐々木本部長は大きくため息をつき、両脇の2人は大きく顔を逸らす。
あっこれやらかしてるな?
「…うむ。疑問はもっともだ。本筋には関係ないが話しておこう。まず、久松君。去年君の年俸はいくら上がったかね?」
「ええと、700万増で1800万でした」
「そうだね。63%増の1800万だ。それで、今のところ査定上はこうなる。はい」
差し出された資料を見て目を疑う。
7500万…?
「あの、これ」
「私もね、色々思うんだよ。今回まぁ査定に当たって君の成績はしっかりと見させてもらった。43登板。立派立派。いやほんとに立派なことだと。防御率2点台。おおすごいじゃないかと。奪三振124。ん?ちょっと中継ぎにしては多いかな?イニング数129。んん?様子がおかしいな?と。まぁでもね?いい成績残してくれるに越した事はない訳だ。そんで契約見たら防御率と奪三振にバカみてぇなインセンティブがついてるじゃないか。達成すれば1000万ずつだよ?そんでもって翌年はインセンティブ込みの金額をベースに云々かんぬんって書いてある。達成するだけで100パー増なのにだよ?誰だろうねこんな条件で去年契約させたのはね?おほん。まぁ、要はだ。君の今季実質年俸は3800万だったと。で、これに今年の貢献度とタイトル御祝儀、成績ベースの査定を合わせてこれになる。この通り。1800万から417%増の7500万。貢献度で2000万、タイトル御祝儀で500万、成績で1200万。前例がなくてなんとも計算し難かったが、消化イニングをある程度貢献度として算出させてもらっている」
そ、それはどうも。本部長は指差しでそれぞれ内訳を見せてくれるが、正直8桁がポンポン積み上がっていて理解が追いつかない。
それでも、交渉の場に立っているのだから何か言おうと思って顔を上げると、汗をダラダラ垂らしている扇GMの姿が見えた。あっ、吉永監督もまぁまぁまずい顔をしている。
去年説得しましたからとか言ってたけどこれこの2人相当やってたな?
俺は俺で現実と向き合えてないのだが、佐々木本部長は構わず続ける。
「で、来年なんだけど。出来高つけろってどこかのシロウト様が言ってるんだ。出来高をつける事自体はやぶさかではないんだけども、目標達成1000万!みたいな事は流石に厳しい。それに、君も今年と同じような起用でやれるかわからないだろう?」
やってやれない事はないんだろうが、同じような成績を残せるかと言われれば自信はない。ぶっちゃけ無理な気がする。
だから、と切り出す本部長に、俺は思考をやめ目をやる。
「奪三振1ごとに5万。少なく見えるかもしれんが、20奪三振で100万だ。そう考えると悪くないと思わんかね」
この話し合いで初めて、佐々木本部長が屈託なく笑った。
100万なんてすぐ通り越してもっと稼ぐだろ?とでも言うかのような、なんというか好意的な笑みだった。
俺は俺で金額のデカさに圧倒されっぱなしだったので、その笑顔を見て、あ、もうこれでいいです、となってしまいそのままハンコをつく運びとなった。
なお、この契約に関しては、GMと監督が相当頑張ってくれた結果これだけもらえている事になった。そこを忘れてはいけないと改めて思う。今は普段の威厳や余裕は微塵も感じられないほどにシナシナになってしまっているが。
「はい。これで今日はおしまい。いやぁ、1人目から1発サインで大変幸先がいいねぇ」
「えっ。僕が1発目だったんですか」
「そりゃそうだよ。今年の最初はだいたい君じゃないか。それに1番上がり幅がデカいのも君だから。大きくなるところは早めに決めないと後がどんどん大変になってくからね」
まだまだ元気といった様子の本部長と、色んな意味でボロボロになったGM・監督に一礼して部屋から出る。
7500万出してもいいという評価をされたと、ポジティブに捉えておこう。
それはそれとして、あの様子で明日のドラフト大丈夫なんだろうか。




