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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
2年目(久松プロ5年目)
82/141

10/12 対南州レッドウルス グランプリシリーズ1st④

3回裏、一死二塁で今日ホームランを放っている1番の伊東。試合全体で見れば序盤だが、試合の趨勢を決めかねない状況である。

もう一本ぶち込まれれば2打点、そうでなくても当たりどころによっては1点とランナーが付く。

アウェー特有の雰囲気の重さを肩に感じつつ、頬の汗を手の甲で拭う。

さっきのプレーで踏ん張りきれなかった足は、意識するとより重く感じられる。

が、依然得点圏。泣き言はいっちゃ居られない。


「(さっき真っ直ぐ打たれてるからな…。スライダーか。ストレートからは入りづらいのはそうだ)」


スライダーを要求する池田に、俺は了承を出す。

下半身に余裕はないが、ここを乗り切れない事には話にならない。まず一山アウト二つ取る。

そう思いつつ、足を踏み出す。

やや甘く、そして抜けたスライダーがベースへと向かっていく。それに対し伊東は、俺たちの虚と隙を的確かつ、いやらしく突いてきた。


「(!?ドラッグバントッ…)」


サインなのか自己判断なのかは分からないが、いずれにしろ敵さんは俺のモヤついた足運びを見逃してくれなかった。

真ん中目に入ってきたスライダーに対し、伊東はバットを横に倒す。それを見た俺は、当然正面からチャージをかけた。だが、伊東は一塁へとスタートを切りながら、同じ方向へボールを転がす。

前の打席にホームランを打っている打者に対し、引っ張った強い当たりを警戒していたファーストのアダメスは、スプリットステップをしてなお出足が遅れた。こうなるともうダメだ。

俺が前に突っ込んだ時点でファーストベースのカバーはセカンドの野口さんが行くしかなくなり、アダメス以外にボールの処理は出来ない。なんとか拾い上げたものの、伊東は足が速く、タッチプレーにも持ち込めなかった。


当然ながら2塁ランナーは進塁しており、一死1、3塁と傷口が広がりを見せている。多分この後スチールされて2、3塁になるだろう。

これが2アウトならまだ救いがあるが、1つ足りていない。三振が取れるようになって成績は良化したが、俺は元来フライボールピッチャーだ。外野に飛ばされてしまえば1点入る。

いつもならツーシームで誤魔化しているが、今日はそれを軸にしてしまっていて相手が対策を立てやすい状況になっている。それでもって2、3、4と特に打力の分厚いところがカチ当たると。

将棋で言うところの"詰めろ"状態。まぁ見事な手管だこと。


「2番ショート、菱刈。背番号63」


さっきは三振を取れたが、現状でどこまでやれるか。なんだかんだ初球攻撃ばかりで球数自体はそう投げていない。

そう考えると、少しだけ楽になった。


「(…さて。どうするかな)」


この回投げたのはツーシーム、ストレート、スライダーの3種。どれもこれも現状の質としては通常の7割あるかないかくらいだろう。

さっきの打席では緩急でどうにかしたが、この打席も果たして通用するのか。

池田のサインはツーシーム。前の回からの方針をブレさせる気はないらしい。


「トーライッ」


まだまだ体の使い方が良くないようで、ツーシームは狙ったところよりも高く浮いた。この間にランナーが2塁へと進む。

まぁなんにしろ、ストライク先行出来たのは美味しい。

相手もここで一気に崩したいだろうし、多少強引に攻めてくる可能性もある。誘い気味のボール球で振らせられれば。

池田も同じ考えのようで、カーブを要求してきた。


「ボォッ」


ダメか。流石に食いつかない。それならとにかくカウント有利・先行を維持したい。

投げるならストレートかツーシームだと考えていたが、池田は前者のサインを出してきた。


「ボォッ」


高さ自体は抑えられたものの、今度は外に行き過ぎてしまった。カウントの有利を失ってしまったが、ここから立て直す。

欲しいのは三振か内野で収まる打球だ。下半身の状況を考えると、疲労が少ない方が嬉しいので打たせて取りたい。池田は真ん中目にツーシームのサイン。

俺は頷きつつも、スイングをかけて来ることを期待して内のコーナーを狙って投げる。


「ボールッ!」


行ったところ自体は悪くなかったが、ストライクとは言ってもらえなかった。

3ボール1ストライク。アドバンテージは今菱刈にある。欲張った結果、袋小路に行ってしまった。

クッソ、キツいな。そう思った時に、野口さんが声をかけて来る。


「ヒサ、守りやすくするならそれでもいいぞ。ただ、勝負なら勝負で力負けしないようにな!」

「…はい」


ありがたい間だった。野口さんの励ましに返事をして、俺は首を回しながら、ついでに周りの様子を伺う。相手ベンチは落ち着いていて、表面上は何か仕掛けをと考えているような様子はない。内外野は、一点オーケーの通常の守備隊系。味方ベンチも特に動きなし。監督も篠原さんもいつも通りに試合の行く末を見つめている。

目に入った篠原さんの姿に、ふと去年先発した時のことを、その時に言われた事を思い出す。


「中継ぎから先発に移った奴で失敗というか勘違いしがちなのは、マックスじゃないボールでも打ち取れると考えることや」


そうだ。そうだった。中継ぎから先発にもいうのもそうだが、この回からの下半身のキツさを理由に出し惜しみしてないか?逃げるか勝負かが中途半端になってないか?

そう思考を切り替えると、野口さんの励ましがよくよく沁みる。

追い込まれてからでダサい事この上ないとは思うが、まだ負けてない。今出来る最速で、力を出し切って巻き返す。まずは菱刈、お前と勝負だ。

池田の出したツーシームのサインに首を振り、ストレートに首肯する。

体の開きと腕の縦振りを意識し、とにかく低めへ投げ込む。足はどれだけ踏ん張れるか分からないが、とにかく1番力がかかるタイミングまで我慢して体を回す。

真ん中、コースのコントロールは不恰好この上ないが、それでもこの試合の中でも1番抑えの効いた球が走る。

狙っていただろうボールに菱刈が反応した。

これまでより我慢できた分が、球威となりバットを押し返す。棒切れの根元に当たったボールはショートへのポップフライとなり、これを佐多が捕球する。なんとか2アウトだ。

さぁ、次は深水だ。


腰も足も痛くはないが、張りが出ているような気がする。それでも、ここは最低投げ切らなければならない。

そう考え、池田のサインを待つ。お、ストレート。今のボールで、使えそうと踏んだのだろう。外目への要求だった。


「ボール!」


横幅にはまだ狙い通り行かないが、高さは間違えてない。随時でカーブなりを使えば腕の振りも含めて修正は出来そうだ。

次のサインは外へのツーシーム。ストレートの比率を上げた事で食いついてくれそうなボールだと考え、これを投じる。

実際深水はこれに食いついてきた。ぽてぽてとファースト方向へと転がるファールとなって、とりあえずカウントはイーブンに出来た。

前の打席からずっと外に投げているので、そろそろその辺りに何かしら手を打ってきそうな感じがする。

が、池田はお構いなしに外要求。バックドアのカーブを投げろという。

ちょっと立て直しの兆しが見えたからって、強気になりすぎじゃないか?と思ったが、今はこの気の強いリードに乗っかった方が良い気もする。

ストレートで腕の縦振りを意識していたからか、カーブもいい角度いい位置から曲がり込み、ストライクゾーンを掠めた。


「いいぞ、ヒサ!腕振れてるぞ!」


池田がそう声をかけて来る。多分次もストレートを投げさせるんだろうが、それをバッターにも聞こえるようにいう事で、腕を振るほどよくなるボールを想像させる。

真っ直ぐにチェンジ、スライダー、シンカーと、腕の振りが肝となるボールが幾つかある為に、人によっては迷いが生じるだろう。

深水がそうなるかは分からないが、池田にしては珍しくやらしい手だ。

…もっとも、あいつのことだから何も考えてない可能性も充分にあるが。

いずれにしろ追い込んだ。さっきやられかけた分、ここでしっかり抑えたい。

サインは案の定ストレートだった。さぁ、もう一回だ。ここを物理的に踏ん張って体に残っている力をしっかり指先まで送り込め。


「トライィッ!」


インコースベルト高のストレート。深水にとっては大好物の筈だったそれをしっかりと通し切り、なんとか長い3イニング目を終える。

下半身に来ていると思ったが、数字は自己最速タイの148キロを叩いていた。池田のフレーミングもしっかりと効いており、見逃し三振を喫した深水は膝を降り、天を仰いでいた。

と、ここまでは今シーズンと変わらない仕事量。どこまで持つか尚更分からなくなった体を全部ベンチに預けて、俺はひとまず強めに目を閉じた。

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