10/12 対南州レッドウルス グランプリシリーズ1st②
言い訳するようにもごもごと、いやそれ自体は思わずなのだが、口を動かし、受け取ったボールを手でひと擦りし、最後にロジンをまぶして手のひらを振る。
地に落ちたロジンバックからは悲鳴のように粉が飛んだ。
こと短期決戦では勢いが重要だ。余裕が緊張をほぐし、それに伴って発生する楽観がミスの許容範囲を拡張する。
ではその逆は、など言うに及ぶまい。
「(ったぁ〜…!やった!やってしまった!いっちばん相手が盛り上がるやつ!)」
あまりにも俺らしすぎて笑うしかない。いや笑うわけにはいかないが。
拮抗した状況(始まったばかりだから当たり前だが)で、初球の、甘いストレートを、ホームラン。今シーズンはなんとか踏みとどまっていたが、ここにきて悪癖が出た。バカ。
そうこうしているうちに、2番の菱刈が打席に入る。2番セカンドを定位置としていた上村さんは、とうとう退かされてしまったらしい。
あまり対戦のない新進気鋭の若手を、落ち着きがてらに観察する。
左バッターボックスの奥行きはしっかり使っているように見える。ややキャッチャー寄りに控え、逃げるスライダーなどをケアする為かベース盤には真ん中よりも近い位置にいる。
安打数は894と出ていて、1000本までは行かないまでもそれなりのヒット数を積み上げるようだ。
なお、ポストシーズンの成績は俺の能力の適応除外らしい。その為、頭の数字が0になっていたとしても普通に打たれる可能性がある。らしい、と濁した判断になっているのは、俺がこういう場面で投げたことがほとんどないからだ。というか、オールスターを含めてようやく2試合目くらい。元々そんなに使える力でもないのに大一番ではクソの役にも立たない。もう呪いだろコレ。
いかん、こんな事に気を取られてる場合じゃない。
バッターボックスの奥の方にいる、という事は、俺のストレートがそれなりに嫌がられているのだろう。そして、それを左のアウトコースに通せるというのも把握されている。
警戒が薄そうなインにツーシーム、と行きたいが、被弾直後に内側へ勝気に投げてもう一本いかれましたなんてなると目も当てられない。
さて、困った。この試合、2球目にして投げる球がないぞ。
…うん、こういう時は逆に考えよう。相手の嫌がっているボールを1番嫌なタイミングで通せればそれでいいことにしよう。幸い捨て試合気味のゲームで先発しているのだ。序盤くらいリスクは多少織り込んで投げようじゃないか。
そう考え、池田の出したスライダーのサインに首を振る。マスク越しに、心底嫌そうな顔が一瞬見えた気がした。
次のサイン。うん、それで。
「ストーライッ」
俺が選択したのはチェンジアップだった。外目のゾーンに残ったそれを、菱刈はごくあっさりと見逃した。反応してはいたものの、捕まえに行く、という感じでないあたり、張っているボールではないだろう。と、いうわけで。
「ストライッ」
もう一球チェンジアップ。池田は2回ほど違うサインを出したが、いずれも俺が首を振った。今度は少し真ん中気味に行ってしまったが、バッターの待ち球とは違ったのか、スイングを仕掛けようとしてやめていた。
甘めの球だったので、ストライクになったのはラッキーだが、なんにせよこれでひとまず追い込めた。後はいつどこに真っ直ぐを突っ込むかという話になる。
菱刈からすれば、ストレートを最大限警戒しなければならない状況に変わりはないのだが、落ち球のシンカー、逃げるスライダーをゾーンに残されてしまうと終わってしまう。
故に変化の起点を叩かなければならなくなるのだが、それをするにはバッターボックスの後ろでは届かない。
必然的に、彼の構える位置は最初のところから足二つ分ほど前に出てきている。仮に3球連続でチェンジアップだったとして、落ち幅的には大した事ないので、ここまでならなんとかカット対応が出来る、そう踏んでいるのだろう。
ストレートを通すには、もう一つ分前に来て欲しい。故に。
「ボールゥッ」
菱刈のバットが出かかって止まる。これもやや真ん中目に行ったが、なんとかこらえた形だ。
投げたのはカーブで、ベース盤の手前で跳ねたのを池田がプロテクターで抑え込みに行っていた。
これで、カーブを選択肢に入れさせられただろう。チェンジアップを続けているために、カーブも同じ使い方をするかもしれない、そう思わずにはいられないはずだ。そうなると重心は自然遅めの落ち球に寄る。
うん、前に出てきたな。
池田もしっかりと菱刈の足下に目をやっている。ここのサインはすんなり決まった。
「あぁ〜」
ライトスタンドから揃った嘆息が聞こえる。
アウトローに行ったストレートは、いわゆる着払いのような形で空振りを奪う。
これでひとまずワンナウトだ。
「3番ライト、深水。背番号2」
問題はここから。いや、まぁ、先頭打者ホームラン打たれた時点で大問題なので、今更何をという話ではあるのだが。
深水の後に控えるのは赤池で、あいも変わらずポイントゲッターとして優秀な選手だから、ここで深水に出塁を許したくない。
深水はインコースに強い打者で、赤池はローボールに強い打者。深水を出してしまったからと、帳尻合わせにゲッツーを狙い、低めのボールを投げたら赤池にホームラン、なんてのはよく見る光景だし、先制されてる中でそんなもん喰らってはたまらない。ここはなんとしてでも切る。
「ボォッ」
初球はバックドアのスライダー。ゾーンには届かず、ボールになった。この対戦は基本外を徹底する。球数勘定はしておきたいが、どんな手を使ってでもここを切り抜けるのが最優先だ。
最悪、内に突っ込んでいくのも選択肢として残しておく必要があるので、目慣れさせない為にも追い込むまでは外をやり通す。
池田からの要求は外目にストレート。これが通る。ワンボールワンストライク。同じところに同じ球をもう一つ要求。これも通る。
ここまで3球だが、やっとやっとの事で追い込んだ。
内に行くならここだろう。そう思っていたら、池田がスライダーのサインを出してきた。構える位置は深水の足元だ。
「(得意なとこだろうけど、そこに行き着くのはわかる。俺が投げ切れるかだな)」
短く頷き、腕を振る。そんなに悪い感触ではなかった。
「(甘ッ…)」
ただ、深水に空振りをさせるにはまだ甘いコースだった。想定よりも高く浮いたボールを、深水は綺麗に叩く。
土を弾いて走るボールは、かなりの速度で三遊間へと進んだ。抜けようか、という当たりを佐多が足から滑り込んで捌き、そのまま投手上がりの強肩で一塁へと送球する。競争にはなったが、何とかこれをアウトにした。
「佐多ナイス!」
池田が佐多に声をかけて、俺も佐多に向けて手で礼をする。
出足は悪かったが、何とか2アウトだ。
「4番サード、赤池。背番号、7」
一応、一応対面する状況としては悪くない。
どちらかといえばミート、コンタクト力に寄った選手だし、単体で打点を取る能力は他チームの4番に比べれば低い方だろう。
それでも今季23本のホームランを放っているので、侮る事はしないが。
低めに対する脆さと強さを併せ持つ選手だからこそ、そこをうまく利用したいところだ。
「トーライッ」
初球の入りは深水と同じでバックドアのスライダーからだった。
赤池の場合は多少浮いた方がむしろ都合が良い分、深水よりも気を張らなくても済む。いやまぁ、それでも真ん中に行ったら多分持ってかれるんだろうけど。
池田の返球を受けとった後、俺は間を入れる為にマウンドを少し均す。
サインがすぐ決まっていた分、投げ急ぐ事がないよう、息を入れておきたかった。
「(次はツーシームね。どこ?外目か)」
投じたツーシームは少し甘く、真ん中外やや低めくらいの位置にコースをとった。幸いこれを無理やり引っ張り込んでくれたおかげでファールになり、2ナッシングのカウントが出来上がる。
息を入れた意味、と思いつつ、腕を回す。なんだかんだで追い込んだ。
池田を見ると、もうサインが出ている。もう少しじっくりでもいいんじゃねぇか。
「(はぁ?シンカー?しかもフロントドアでこいってか。結構リスキーじゃね?)」
流石に、と思い首を振る。しかし池田も譲らずもう一度同じサイン。そしてその目線は俺ではなく、赤池の足下に向けられている。
右の深水に対し外外と来ていたからか、確かにいつもよりもベースよりに立っているように見える。シンカー自体は今日投げていないし、ボールは全体的に抜け気味で、やや高めに行っている。ローボールヒッターの赤池に対してなら、少しだけリスクが落ちる…のかもしれない。
仮にボールになったとしてもカウントは有利のままで、かつ、体を起こす事が出来るので、目線が自然上に上がり、次以降低めに通しやすくなる。
そう考えれば、まぁ、筋は通るか。いいや、この回は俺の落ち度もあるし、何より一回我を通させてもらったのだ。
頷き、サイン通りボールを挟んで投げる。
恐らくは池田の想定通り、少し高めに浮いたボールが赤池を目掛け進む。
これに対し、体を開きながらスイングを仕掛けてきた赤池だったが、するりと逃げるように落ちたボールは地に落ちることなくミットに収まった。
何とか空振り三振。出足は最悪だったが、何とか最小失点、最小のエネルギー消費で1回を乗り切った。
が、挽回したとは到底思えない重すぎる最小失点でもある。
内心己の力不足を悔いつつ、俺はいつも通りの振る舞いでベンチへと戻った。




