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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
2年目(久松プロ5年目)
67/141

7/21〜24 ソーダイオールスター コンチネントVSオーシャン②

大変お待たせしました。

「久松くんでいいかな」


前日練習に出てきてすぐ、そう声をかけられて振り返ると、そこにはやや神経質そうな顔をして、黒いプロテクターをつけた男が立っていた。


「はい。…帝東の芳賀さんですよね?」

「そうだ。よろしく頼む。明日は私が受けるから、少し話でもと思ってね」


受け答えのしっかりした人だなというのが第一印象だった。肩や肘のストレッチをしつつ、ウォーニングトラックを歩きながら、芳賀さんと淡々と話をする。


「まず、投げたくないボールはないかな」

「なんか新鮮な質問ですね。投げたくないボールか」

「終われば敵チームだからね。見せたくないもの、見せてないものは当然あるだろうし。あぁ、あるならあるで具体的に言わなくていいよ。私が知っている限り、久松くんの持ち玉はスライダー、シンカー、ツーシーム、チェンジアップ、それとカーブだったかな。これらの中でNGがあれば」


持っている情報を開示した上で、改めて俺にそう聞いてくる。誠意をもって最大限こちらに配慮しているのはよく分かるのだが、何せ相手は昨年優勝チームのキャッチャーだ。

そういう意図が無いというのは理解しているつもりだが、どうしても構えてしまう。

…あぁでも、余計なこと考えずNGなしと伝えれば角も立たないし相手に情報を渡す事もないか。


「いえ、特には…」

「そうか。…ちなみに、エンターテイメントととして使える球はあるかな?」

「それは、あれですよね。イーファスピッチとかナックルとかそういう…」


俺の問いかけに、芳賀さんはすぐ頷いた。

正直ないんだよな。せっかくのお祭り、しかもそれの前座なのだから盛り上げたいという気持ちだけはある。

が、ない袖は振れないので、正直にないと言おうとしたところで、聞きなれない声が聞こえる。


「お話中のとこすんませ〜ん。ゆら川の原っちゃけど、久松くんでよかとかな」

「原君?君、投げるの今日じゃないよね」


ゆら川の先発左腕、なんなら左のエースである原さんがこちらに声をかけてきて、それに芳賀さんが対応する。

芳賀さんの質問に、苦笑いというのが近い表情を浮かべながら原さんは答える。


「投ぐっとは今日じゃなかとですけどね〜。そこん久松くんに用のあっとですよ。はい、はじめまして久松くん。原です。津田さん?から話きいとっちゃろ?」


あーっと聞いてない。

顔に出てしまったのを原さんは目敏く捉え、苦笑いを継続する。


「聞いとらんとね?まぁよかけど!えーっと、説明すっとな?おいん学生ん時んコーチが津田さんの同期の先輩っさ。神谷コーチっちゅうんやけどな。津田さんの同期…、今興叡で監督しよる今井さんちゅう人から神谷コーチ経由でおいに話が来たとさ。久松くんにカッター教えちゃれっちな」

「…カッターを。…え、カッターを!?」

「すごかよな。シーズン中ばい?シーズン中に同リーグの敵チームの主力に手ェ貸せちゃあ中々言われんよな?しかもおいん軸ん球ばい?あがんこつ平気でいうけん怖かよな〜」


原さんのカッターはいわば彼の生命線であり代表的な変化球だ。しかもサウスポー。普通なら教えたくない要素満載、なんなら理由があっても相当嫌だろうに、何故かあっけらかんと教えると言ってのけた。


「図らずも聞いてしまったから口出しするんだがね。良いのかい原くん」

「全然よかですよ。こん時代、正直いくらでも分析・解析出来っとですけんね。それに、必ずしも習得出来るとは限らんすから」


言葉の調子と合わせるように、そう言った原さんは軽く笑った。


「なんなら来年あたりから味方になるかもしれんけんが、恩売っとくかみたいな打算も込みで。おい、ゆら川好かんちゃんね〜。そいけん今年FAで出ていくつもりっさ」


聞いてないなぁ…。聞いて良いのかなぁ…。


「ほぉ。在京球団に興味が?」


えっ芳賀さんそこ聞きに行くの?いいの?


「あーっ、そいは一歩間違うとタンパリングになっけんがよかなかですよ!」


んで原さんは原さんでそんな躱し方すんのかよ。しかもめっちゃ楽しそうに笑いながら。

予想外の展開が続く上に、無駄に明け透けで嫌んなってくる。


「いやいや。好みの話さ。どうなんだい?出身的にはやっぱりレッドウルスかな?」

「在京球団…んー、ま、でも、やっぱゆら川以外の西の球団の方がよかですかね〜。レッドウルスも熊本本拠地やけんが、フェリー一本で実家帰らるっとはよかとこかな」

「そんなに嫌かい。ゆら川が」

「ええもう。ほんと好かんのすよ。全体的に性根が合わんとやろな。まぁ、そいはよか。ほれ久松くん。カット覚えるっちゃろ。投げんね」


ここ思いっきりグラウンドだが良いのだろうか。そう思った俺はひとまずブルペンに行くことを提案し、2人の了承を得た。


誰もいないブルペンに移り、芳賀さんには立ってもらったまま軽いキャッチボールをする。

体調やメカニクスに違和感はない。とはいえ、特段良いわけでもない。

力を抜いて軽く腕を回す。そうすると、ボールがするりと手から離れ、山なりに飛んでいく。

回転も、別におかしくはなさそうだ。


「じゃあ、座るよ」

「とりあえず、真っ直ぐ投げてみてん」


原さんのリクエストに答え、俺は真っ直ぐを放る。

風を切る音が一瞬耳を掠め、そのあと牛革のミットのポケットから空気を弾き出した。体感は135出るかくらいだ。そんなに出力高く投げようとは思ってなかったのでこんなものだろう。


「ふーん。ほんなら次ツーシーム」


これもストレートと同じ力感で投げる。変化量もいつもと変わらない。


「うん。最後にスラ投げてみて」


カッターと同系統に当たるスライダー要求。

いつも通りに投げ、いつも通りの球がいく。


「おけ!じゃあまず握りから!おいはこがんしてボールばもっとっとたい。指ん位置は時計の針で言うと5時くらい。縫い目の曲がっとっとこに沿わせんばよ。こんで投げてみんね」


俺がいつも試す握りよりは、ややスライダーに近い持ち方だった。

フォームやリリースの感覚はいつも通りに、言われた通りの握りで投げてみる。

ぱすっ、とやや歯切れの悪い音がして、芳賀さんが小首を傾げた。うん、まぁ俺も思ったよ。曲がってねぇもんな。


「分かった。カッターを真っ直ぐに近い球として使いたいが故やろね。全然切っとらんよ。もっと手首ば切るごとせんば、そら曲がらんばい」


くいくいと手を動かしながら、原さんは続ける。


「ほんで手首は寝せんごつ。塩梅が難しかろうけど、あくまでストレートとスライダーの中間球を投げる意識で」


アドバイスを全て繋げて、脳内で動きを構築し、実際に体を動かしてみる。

多少動きにぎこちなさを感じるが、とにかく今はボールを一旦曲げてみたい。

そう思いながら放ったボールは、確かにストレートとスライダーの中間のような軌道を描き、ミットに収まる。


「お」


手ごたえ、ちょっとアリ。

そう思って後ろを見ると、アルカイックスマイルに近いそれを顔に貼り付けた原さんが、一度頷いてこう言った。


「これは、曲がっただけばいな。真っ直ぐでもカットでもなかね。変な変化球。はいもっかい」


怒ってないのは分かるがこえぇよ、なんで口に出せるはずもなく、俺は気を取り直してもう一度ぎくしゃくとしながらボールを放った。

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