7/17 対ゆら川レイダース 第17回戦
交流戦終わりの後の休みがかえって良くなかったのか、7月はボコボコに打たれてしまっている。
もちろん休みを取るべきじゃなかったという話ではなく、疲労状態に身体が慣れ切ってしまっていたと言う方が正しいか。いつも通り疲れからフォームが崩れていたのだろうが、津田さんたちアナリストチームの解析やアドバイスなどでたまたま補えていたのかもしれない。実際明けたらコレ。
今日までで4試合12イニング10失点。試合を壊した、というのはないものの、周りから見て危なっかしいのは間違いない。1試合6失点とかもあったし。
復調気配どころか沼にハマったような内容で、普通の監督なら使い方を考えるどころか2軍に落としていてもおかしくない。のだが、吉永監督はいつもと変わらない顔でこう言った。
「久松、君は良くやっている。不調に入っていてキツいだろう。…もちろん、だから打たれてもいいなんて思ってはないし、そういう言葉をかけるつもりはない。だが、君の仕事についてきた数字が我々の想像を超えているのは間違いないし、何より、それが出来るのは君しかいない。苦しかろう辛かろうとは思う。それでも、今シーズン踏ん張ってくれ。我々は必ず君に報いるし、君を動かすつもりもない。クロウズというチームの竜骨は君なんだ」
「ピッチャー、に代わりまして、久松。背番号43」
心なしか、何もかもが遅く感じる中、俺はマウンドへと足を伸ばす。夜空には雲ひとつないのに、球場の熱気はフロアで踊るばかりだ。
頬を伝う汗を袖口で拭い、一球、二球と肩慣らしを進める。腕を振るうたび、拭ったはずの汗がまた滴り落ちてきりがない。
自覚できるくらい集中力を欠いているが、それをどうにかするには球数が足りないまま、プレイがかかる。
「オッケーイ!」
相手ベンチから歓声が飛び、スタンドから太鼓とトランペットの音が威勢よく響く。初球、142キロのストレートは、やや差し込んだもののセカンドとライトの間に落ちるテキサスヒットになった。ゆら川の2番、曽我部が塁に出る。
運がねぇ、と独りごちながらマウンドを蹴り均してセットポジションに入る。こういう不運が続いた時こそ、リズムを崩さない事が肝要だ。そう考え、出されたサインに見切り気味に頷く。そのまま足を上げた瞬間、己の失敗に気付く。
一瞥もくれなかったせいか、俺の身じろぎのその瞬間にランナーがスタートを切っていた。膝の先は完全に体の内側に入っているのがモーション中でも分かる。このまま牽制を入れれば当然ボークだ。バッターに投げ込むしかない。投げ込むしかないのだが。
「(くそッしくった!)」
一瞬でも牽制に関するあれこれを考えてしまったせいで、フォームの連動が崩れる。フォームが崩れれば当然、ボールはあらぬ方向へと推進する訳だが、今回は体が大きく開いた為に、キャッチャーのジャンプなどまるで届かないほど高く、そして俺から見て左に逸れた。
2塁に留めおけたかもしれないランナーは、この隙を見逃さず3塁に到達している。
無死3塁。不運から始まった敵の攻勢だったが、俺に力がないばかりにそれを止められていない。
…などと考えられるほど本来は余裕がある場面ではない。しかし、現実逃避も込みでそんな思考を過らせてしまったが為に、また雑なボールが打者の前に提供される。高めの抜けスラなど、ご馳走もいいところだ。まして、本来パワーレスな小鳥遊さんにハイボールなど投げてしまっては。
「勝利の道をゆけ目覚め波の如く全て飲み込め〜おおゆら川レイダース我らのレイダース〜」
球団歌と得点テーマが高らかにこだまする。
低く逃げる球を投げられれば、という後悔ばかりが頭を埋める。高い球をレベルに出したバットが捉えればそりゃこうなるよなぁと言いたくなる綺麗なホームラン。
そして、不運に溺れてしまったという自覚が更に体を硬直させる。
いつもなら頼みの綱になるストレートも1番曲がるスライダーもストライクにならず、後藤さんにフォアボールを与えた。
マスク越しに見える一色はどうしたらいいのかわからない、と言った表情をしている。
申し訳ないな、と思い、サインに頷いて腕を振る。それがそもそも余計な事と気付けないまま。悪い意味で緊張感のないボールをゆら川のクリーンナップが逃すはずもなく、右中間を割られる。もう一点が入る。
外野から諦めたように中継へ戻ってくるボールを、俺は下唇を犬歯で噛みながら目で追いかけた。
やっとやっとでベンチに戻ってきたが、俺に声をかけようとする者は1人もいなかった。俺から何か言おうにも、いつもアドバイスをくれる先輩たちは軒並みベンチ外だ。コーチも吉永監督が肝入りで使っている以上口入しづらいだろう。
さもありなん、と一口水を含み、キャップを閉めて嚥下する。
こういう時こそ、いつも通り振る舞う事が大事なんだろうが、なんかもう滅茶苦茶になってていつも通りってなんだっけとなっている。
一挙手一投足が血の気の引いたそれのようになっていて、これ次の回完全にやられるかもわからんなと弱気が加速してしまう。
次の回2点取られれば逆転だ。いや…、3点取られてまだ余裕があったウチすげぇな。
そんな風に思っていると、歓声が上がる。
どうやら3番に座った佐多がホームランを打ったらしい。
ダイヤモンドを一周し戻ってきた佐多とぼんやりしながらハイタッチをし、そのまま攻撃終了までを過ごす。
監督はベンチの定位置からピクリともしなかったので、俺はまたジョグでマウンドへと上がった。
投球の感触は変わらないとプレイがかかる前の投球練習では感じる。最後のボールを投げ、一色のセカンドスローを佐多が捕まえる。タッチの動作をして、俺にボールをくれるのだが、その時、いつもより近くで投げながらこう言った。
「ヒサさん、まだ負けてないっすよ!」
その言葉にはっとする。打たれた事ばかり気になって、求められる結果に目がいっていなかった。
調子が悪い、上手くいかない、そんなのはよくある、もっと言えば誰にでもあることだ。だからこそ、そんな状況にあって自分はどんな結果が出せるのか。それを示さなければならない。
今はクローザーとしての心構えをひとまず忘れ、昨年までのイニング消化要員久松として手番を全うすべきだ。
とはいえ、蟠りが消えてすぐどうこうなるかと言われればそうではない。ストレートとスライダーのサインに首を振って、ツーシームとカーブを投げたがってみた。投げる頻度が少なかった分見られて、結果四球になり、一色がたまらず、といった様子でタイムを取ってマウンドに来る。
「急に真っ直ぐとスラ嫌がってどうしたんですか。どっか痛いとか?」
「すまんすまん。違うよ。ただ、今日はその二つじゃちょっと厳しそうだと思ってな」
「で、ツーシームですか?それもちょっと無理筋では…」
「まぁ、気持ちの問題、かな。そんな事言える格はねぇか。一色には迷惑かけてしまうけど、去年の俺をリードする感じで頼めるか」
俺の無茶な要求に、一色は汗を一筋垂らしながら頷いた。
去年の俺をリードするというのは、つまり三振を取れないピッチャーでどう抑えるかを考えなくてはならないという事だ。先ほど多投したツーシームのような半速球は一応持っているからこそ出来るお願いである。
さっきも言った通り、気持ちの問題以上のそれにはならず、結果的に0で収めたもののヒットはいくつか打たれてしまった。
それでも悪いなりに勝ちを消さなかったのは不幸中の幸いであるし、結果を残したと言うことも出来る。
というか、佐多の声掛けがなかったらあのまま打ち込まれていたかもしれない。
メンタル管理の引き出しとして覚えておこうと思いつつ、現状良くない内容をどう折り合いつけて後半戦に入るか。答えが出ず苦しいまま、俺はオールスターを迎えることになった。
久松の成績(7/17終了時点)
登板数:28 投球回数:81 奪三振:74 四死球:20 防御率:2.56 16セーブ
※前話の奪三振数が誤っているため、こちらには修正した数字を記載しています。
※5/18修正 投球回数:81→84 防御率:2.56→2.46
7/1~7/17の成績
登板数:5 投球回数:15 奪三振:7 四死球:7 防御率:7.80 3セーブ




