6/3 対大蝦夷シルバーフォックス 第1回戦
「ピッチャー古沢に代わりまして、久松。背番号43」
交流戦初戦の相手は大蝦夷シルバーフォックスとだった。そして、その先陣を切る事になったのは古沢さんである。
いやしかし、古沢さんに後始末をお願いする事はこれまで何度もあったが、俺が後を受けると言うのは今までなかった事だ。感慨深いような畏れ多いような。
そんな心持ちで、マウンドを踏み締め投球練習をする。ホームだろうがビジターだろうが、誰かしらが蹴り返したプレートとその周辺は、いつだって踏み慣れない。
「後一球ね!」
チーフアンパイアの威勢のいい、場合によっては苛立っているようにも聞こえる声が響く。
それに引っ張られてか、少しだけ力みの入ったボールが、キャッチャーの構えたところより上に行く。軽く腕を振り、力みを取るよう手首をぶらぶらと回す。
さて、力勝負が至上主義のオ・リーグ相手に何がどこまで通用するのか。
そもそもオ・リーグにはコ・リーグに比べて人気が低いチームが多かった。当然、球団の集客力にも大きな差があり、例えばノシマファルコンズなどは、立地条件や放映権の関係もあり不人気球団の筆頭格だったチームである。
そのうち、武蔵コマンダーズという球団がこれを解決すべく、一つのドクトリンを打ち出す。
それが筋力至上主義。当時のコマンダーズオーナー在原正助の、飛距離と球速こそが人を惹きつける、という考えから発展・構築されたそれは、早々に実を結び、球団にもリーグにも大きな影響をもたらした。
この動きに追従したのが総海シーホースと大蝦夷シルバーフォックス。無理に動かず、自チームの戦略や戦力基盤の構築に時間をかけたのが洛園とノシマだった。なお、三陸はこの動きに噛む少し前に、チームそのものがいろんな意味でぶっ壊れている。
こうした動きを境として、オ・リーグの文化や風潮が確立されていくのだが、旗頭であったコマンダーズは戦力流出を止められず凋落。シーホースは選手育成の失敗に加え、戦術環境の変化に対応出来ず。
オ・リーグの躍進に一役勝った筋力至上主義の正統後継者、いうなれば、最もオ・リーグらしさを持ったチームは、シルバーフォックスとなったのである。
多少の戦力低下やメタゲームの変遷もあり、現状の立ち位置は良いとまでは言えないものの、力のオ・リーグにあって存在感を示し続けている。
そんなチームと、先発として初めて相対した古沢さんだったが、衰えないパワーとベテランらしい技巧、そして経験からくる割り切りでもってこれと渡り合った。結果、6回3失点。打線が4点を取っていたので、勝ち投手の権利を持っての職務完了となった。
味方から見ればしょっちゅうピンチを背負うような危なっかしい投球だったが、見様によっては宥めすかしおだて囃すような、あえて波を作る投球だったようにも思える。
この辺り古沢さんに聞いてみなければわからないが、どっちにしろ、ここで冷や水をぶっかけ大人しくさせるのが俺の仕事だ。
左打席に入る2番のバティスタを相手に、池田のサインはスライダー。俺のボールの中では決め球質の手札だがそれを頭に持ってくるあたり、奴なりの意図があるのだろう。ここのとこ、武田さんから一色とまとめて色々言われているので、何かしら含みを持たせた配球をするはずだ。構えは外め。あいわかった、とばかりに俺は足を踏み出した。
「ヒサ、聞いてくれ。意図が、意図がある」
困った事にこのバカストレートとスライダーしか要求しねぇでやんの。
バティスタこそ外のスライダーで上手く嵌めて三振に仕留めたものの、3番の大浦と4番の戸沢に関してはかなり怪しかった。たまたま正面ついた打球になったり、野口さんの怪我をも厭わないファインプレーが出たりでなんとかなっただけだ。バチクソハードヒットだったろアレ。
「お前そのさぁ。やるならやるでいいから一回相談してくれんか。俺は登板日事前にわかるんだしさぁ」
「そう、そうです。そうだけども、聞いて、聞いてはくれませんか」
「何」
「オリーグ相手なので、情報を与えないようにしたかったんです。後は速い球と曲がり球に対して主軸がどう反応するかも見たかったんです」
言い訳としてはまだ理解が及ぶので、俺はひとまず息を入れる。それはそれとして、語気を緩める気はない。
「だぁから事前に言えってんだろ。やりたい事はわかるが。つうか反応見るだけならもっと球種使っていいだろ」
「古沢さんが良い意味でしっちゃかめっちゃかだったし、それで相手も大分戸惑ってる様子だからあんまり考えさせたくなかったんだ。だから質の良い順で上から二つを使おうと。何も相談無しなのは悪かったと思ってる」
…まぁこれでも考えるようになった方だし、気にしすぎる俺も良くないか。
「…そうか。次からじゃあ相談なりはしてくれ。…ちなみに今日はどうするんだ」
「下位に降りていくとこだしこのままでも行こうと思ってる。なんか注文あるか?」
そう言われて、津田さんの言葉がよぎる。決め球としてのストレートが見切られ始める頃だと言われたわけだが、オ・リーグ相手に力勝負してる感も出るので浅いカウントで多投するのはアリかもしれない。
後は、俺の役割に影響がないようにするのも考えつつ、配球をまとめれば問題はないか。
「決め球にストレートを持ってくるのをちょっと控えたいくらいだな」
「なるほど。交流戦から攻め手を変えたみたいな印象もつけられるしいいんじゃね。じゃあ球種は少ないままで合意だな?」
「点差考えると色々使いたいが…」
「大丈夫だと思うぞ。古沢さん、コントロールが良くないように見せかけて内角抉りまくってたから、みんなちょっとずつ外角に届かないようになってる。左は1番遠いところにストレート、右はおんなじようにスライダー通せば行けそうだ」
ちょっと楽観的でこえーんだが。
「あ?じゃあ何だ。さっきの回はそれが分かってたからストレートとスライダーでまとめようとしてたって事か?」
「そうだけど。戸沢はパワーで無理やり押し込みに来たから誰かが取れる範囲に飛ぶのは分かってた。大浦はちゃんと踏み込んで来たからラッキーだったけど」
だからお前そういうのを…!
なお、大蝦夷打線はこの後も真っ向勝負上等と言わんばかりの強いスイングで俺に襲いかかってきた。
しかし、結果池田の言う通り、外目を引っ掛ける様な形でのゴロを量産し、なんとか無失点でゲームセットまで転がり込めた。
ほぼツーピッチで抑え込めたのも、良いあたりが悉く正面ついたのも、正直運が良かっただけだが、まぁ、勝ったから良しとするか。
そんな風に自分を誤魔化して、正当化する。
それはそれとして、あのシルバーフォックスと力勝負でやり合い押し込んだ久松という最高にデカい尾鰭が付いてしまったのだけはマジで良くないと思う。
久松の成績(6/3終了時点)
登板数:18 投球回数:54 奪三振:50 四死球:12 防御率:1.50 12セーブ




