4/2 対瀬戸急フライヤーズ 第2回戦
吉永監督が情報を重んじる指揮官というのは早くも分かってきている事だが、それだけに、誰もがその底を推し量れないでいた。
開幕戦における久松敬の慮外な起用をはじめ、オープン戦でやってきた事を崩したりあるいは続けたり。どのくらいのスパンを見て仕掛けてきた策なのか、そもそも策なのか。
とりわけ、やる事やできる事が概ね固まっているチームや監督ほど、そういう状況に俄然対応出来なくなる。この瀬戸急フライヤーズというチームもその例の一つだ。8点差の7回に現れた俺を、フライヤーズナインと首脳陣は頭を抱えつつ迎え撃つこととなった。
「はーいワンナウトー」
サードの守備固めに入った井戸さんが、打球を捌き、そう声を上げた。
瀬戸急のクリーンナップの一、3番の天野を打ち取って、7回表、滑り出しよくアウトを取った直後、押しも押されもせぬ瀬戸急の心臓、駿河と当たる。点差がついた為か、キャッチャーには一色が入っており、これなら多少球が暴れてもなんとかなるだろうとは思えた。
「ボォッ」
一球目のスライダーを、駿河は歯牙にもかけず見送る。
これはコントロールミス。要求は内側だったが、逆球になってしまった。
投げていて思うが、3イニングクローザーというのは余裕があっても余裕に出来ない。
例えば、1点差2点差で勝っている場面。これは普通の勝ちパターンとなんら変わりない。だが、大差で勝っている場面や、逆に負けている場面。
手を抜けそうなものだが、これが良くない。
埃かぶっていそうで真新しい概念だからこそ、手を抜く場面とそうでない場面がある、と癖を見抜くように気持ちの入れ方を変えられてしまう。
相手の上振れ下振れが激しくなるのはあまり望ましくないので、結果どんな場面でも手を抜かず打ち取らなければならないとなるわけだ。
あとは、うちのファンも手抜きの投球など見たくないだろうし。味方を減らさないためにも、キッチリ抑える事が前提になる。
「トラーイッ」
ストレートがアウトローいっぱいに入る。
逆球はシンプルにミス。運が良かっただけにすぎない。が、助かったならそこから最速で立て直す。普通のメンツは100%、抜きん出たメンツにはそれ以上を。ミスはギリギリ許されるかもしれないが、出し惜しみは許されない。
「いいよォ!ヒサ押してるよォ!」
威勢のいい野口さんの声を背に、俺は投げ続ける。
瀬戸急というチームがパワーピッチャーに弱いのは、昨日武田さんが投げた通りだ。
駿河を押し込めば、後は真っ直ぐで押し通す事も能うだろう。というか、駿河をストレートで御せるならば、他の選手は真っ直ぐ以外いらなくなる。
気づけばカウントは2-2。勝負の手番だ。
ランナーがいない、力勝負。今の俺の力量を量るにはこれ以上ない相手である。
足を上げる。膝を折り、強く踏み出して腰を捻る。この打席で一度切ったカードだが、迷いはなかったし、一色もそれを要求してきた。
これまで好打者との大戦では高めのストレートで空振りを奪ってきた。上手くいっていたのはそこに投げ込むことに関しての再現性が他の球より高かったからである。が、佐多のような化け物相手、とりわけ左打者には効果が薄い球でもあった。
だからこそ。1番最初、自身のきっかけになったこの駿河という選手を相手に、俺はこのボールを通さなければならない。
「ストライッ!」
144キロを計測したボールは、駿河のわずかなみじろぎを咎めるように、アウトローギリギリいっぱいに軌道を描いた。
以前古沢さんが言っていた高めのボールのリスクの事を、ずっと考えていた。悪い訳ではなかったが、佐多の打球の軌跡が頭にこびりついていたのも事実で、抜けない小骨のようだった。
古沢さんとの自主トレにおけるテーマの一つ、ストレートの投げ込み先とそのコントロールの再現性。
駿河をこういう形で打ち取れたことで、俺はようやく力一杯ガッツポーズ出来る。
こちらを威圧的な目で見ながら退く駿河を敢えて視線の外に置き、俺は次の打者にカーブを放った。
その後は何も起こる事なく、2セーブ目を挙げベンチに戻った後、古沢さんと十川さんが手を挙げる。掌を打ち合わせた後、2人に声を揃えてこう言ってもらえたのは、これから先、忘れられないだろう。
「ナイスピッチ!」




