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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
2年目(久松プロ5年目)
45/141

2/1〜 春季キャンプ③

「心構えは出来ているのか久松」


いやいや、そう申されましても。

この人は俺がクローザーやると疑ってないのかよ。俺から一言でも言ったかなぁ。言ってないと思うなぁ。

そう考えつつ返事を選ぼうとしていたが、武田さんは間断なく続ける。


「クローザーとはいかなる者であるか、久松」


いかなる者と来た。

矢継ぎ早に色々と来て困りながらも、俺は間に合わせに返す。


「えぇ…?クローザーとは…、崩されるべきでない絶対的なチームの最後の砦でしょうか」

「ン面白くないッ!人口に膾炙する通りのイメージを述べては俺を超えるなど到底出来んぞ!」


おお、理不尽、理不尽ではないか。俺はあなたを超えるなんて一言も言ってない。あなたの頭の中にしかいない久松によく似た何かなんですそれ。僕じゃないんです。

宇多さん、宇多コーチ。止めて、止めてはくれませんか。

暴走する列車ってどうやって止めるんだろう、なんて風に現実逃避する事しか出来ない俺の状態を意に介さず、武田さんはこう問うてきた。


「ゲームはやるのか、久松。テレビでもPCでもかまわん。RPGをプレイした事は」


話の展開に困惑したが、こういう手合いの問いは意図を考えても仕方ないと経験的に感じていたので、俺は反射的に多少は、と答える。

ほう、と目の前の大男は、興が乗ったように息を吐くと、続けた。


「よろしい、ならば伝えてもよかろう。俺の持論をなァ…」


ねっとりしている。この手のデカい男がこうもねばっこく喋るとその分圧が凄まじい。


「クローザーとは、圧倒的でなくてはならない。クローザーとは、暴力的でなくてはならない。クローザーとは、大魔王でなくてはならない」


それまでの暑苦しさや粘り気が嘘のように、からりとした、それでいて澄んだ声色でそう言った。

まるで、説法でもするかのような武田さんの話ぶりを受け、俺は思わず飲み込めなかったその単語を口にする。


「…大魔王?」

「そうだ。RPGで出てくるだろう。大魔王。それ」

「そ、その心は」

「ふむ、そうさな。クローザーというのは、さっきも述べた通り、圧倒的かつ暴力的でなくてはならない。能力及び投球内容で言えばだ。例えば、160キロのストレート。例えば、バットとの接点が一つもないような落差のフォーク。1イニングという短い間、相手を寄せ付けない"強さ"が前提となる」


武田さんは大仰なジェスチャーを交えながら、話を続ける。


「では、その強さのみがあれば良いのか、という問いには、否と答える。なぜなら、打者がバットを持っている以上当たらないということはあり得ない事であり、そもそも己が投じられる最高のボールを弾き返すような輩はごまんといるからだ。全力を出してなお届かないというのは、俺の大好物でしかないからありがたいことだがねェ。いやしかし厄介な事に、野球というゲームは3アウト取らないとイニングを終えられないしセーブもつかない。気持ちよくなりっぱなしではいられない。まぁ俺以外の奴らは大抵落ち込んだり動揺したりするが。要は心の揺らぎ。それによってそのまま打ち込まれる訳だが、これは何故に起こるのか」


外連味たっぷりに、武田さんが指を立てる。


「よく言われるなァ。雰囲気に呑まれた、と。いや待て。何故後手に回る?そう思わんか?最初から自分の有利な雰囲気を作ったか、お前は?そう問われた時、お前ならなんとする久松。あぁ、答えなくていい。俺が導き出す結論はだ。すなわち、己を大きく、そして強く魅せる必要があるという事。風格、所作、発言。日常生活のすべからく、いやそれだけでは足りない。自らの出囃子やマウンド上での振る舞いの全てをその為に費やすべきだ。相手チームからすれば、尊大な言動と高い能力をもつ打ち倒すべき、打ち倒さねばならない怨敵。大魔王だ。ラスボスだ。そう思わせられてはじめてクローザーとして成り立つのだよ」


なるほど、筋がない訳ではない。

能力があるのは前提。そして心理的な要素による揺らぎが確かにそこにあるのだから、それに対してもアプローチを怠るなという事か。

こうして論を聞いてみると、編成部が何故この人を獲得したのかが分かる。今の編成部の考え方に近いのだ。

準備を怠るな、と皆口々に言う。ではその準備の中身とは?そう聞いた時に道具の手入れだとかそういう答えが大抵返ってくる。

いやそうじゃない。この人たちが考えるように、機先を制する為にする事が準備である。

言葉の端々に見え隠れする変態性を取り除けば至ってシンプルかつ合理的だと俺は思う。

だからこそ、俺は聞く。


「仰ってる事は分かりますが、それって普通の事で、どのポジションでも同じじゃないですか?」


聞かれた事に驚いたのか、一瞬目をかっぴらいた後、にやりと笑いながら武田さんは答える。


「そうだ。だが、クローザーに限ってはそれらとまた違った要素がある。思った事はないか?1イニング抑えるだけならセットアッパーや、なんなら他のリリーフと変わらない、と。しかし、ファンも選手もベンチも皆、クローザーが打たれた時に敗戦の責を殊更求める。本当にそうか?3点差程度に収まってしまった打線の攻撃が、1点差に詰め寄られた前の投手が、そいつらの方が悪いんじゃないか?だがそんな事は言えないだろう。打たれたのもまた事実だ。失点したのもまた事実だ。故に、雰囲気作りというのが大事なのだ。敵を増やさないのは、存外大きい要素なのでな」


関西の熱狂的なファンに揉まれながらも、250セーブを射程圏に入れている大選手なだけあって、含蓄ある言だった。


「…よく分かりました。ありがとうございます。勉強になりました」

「ほほォ。そう言えたのはお前が初めてだ。宇多さん、こいつは出来るかもしれんなァ?それはそうと久松。さっきの話の通り、雰囲気作りは大事だ。お前の登場曲を教えてもらおうか」

「アフロマニアの『永遠に』ですが…」

「…すまんな、知らん曲だった。今度聞いておこう。ちなみに変える予定は」


雰囲気作りという意味では確かにやや軽い気もする。とはいえ、俺があの曲を選んだのはそれが全てという訳でもない。


「ありませんね。武田さんの仰ることはよく、よく分かります。でも、あの曲は、僕の登場曲は、他に行き場がなかった僕自身を、プロ野球の世界に留めておくための曲ですから」

「…ほう。いや、悪かった!なるほどなるほど、思いの外我がありそうで大変結構だ!これは楽しみになってきた!」


このチーム言い返すと元気になるおじさん多くてほんと困るなぁなどと思いながら、俺は福屋さんの方を向き、投げ込みを再開する。

武田さんはそれをしばらく見ていたが、40球超えたあたりで投げ過ぎじゃね?と言い出し、もうしばらく見た挙句、俺が先発調整してるように見えたのか興味を失って去っていった。

キャンプ初日から無駄な痛み分けが発生して、先が思いやられることこの上ない。

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