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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
1年目(久松プロ4年目)
39/141

10/7 ホープフルリーグ 1試合目


「1回の表、京央ネイビークロウズの攻撃は、1番ショート、佐多。背番号、11」


宮崎サンライズスタジアムにその名前がコールされると、驚きまじりのどよめきが起こる。

オーダー自体は先だって発表されていたのはそうなのだが、実際に聞いて、見て、初めて実感するものでもあるのだろう、佐多渉はそう解した。

ドラフト1位の高卒投手がプロ入り後に打者転向というのは、何十年前ならばいざ知らず近年では珍しい事例と言える。

好奇の目、猜疑の目、気にならないと言えば嘘になるそれらを受けてなお、佐多の思考は至ってシンプルであった。


「(先発は左か。こういう所に出てくるあたり、期待株なんだろうなぁ。だからこそ、初球を叩く。俺が強い当たりを打てば、それだけで多分崩せる。だってみんな俺の事投手上がりの荒いバッターだと思っているはずだから。狙いもストレートに絞っていい。カチこんでやる)」


整理された思考に裏付けられ、佐多の体は流麗に動く。狙い通り甘めのコースに来たストレートを、寸分の狂いなく芯で仕留める。インパクトの一瞬後に、小気味のよい音が響いた。


「あいつもう入れちゃったの?はぇ〜よホームラン打つのが。あと打球も」


打撃を見たことがある蜷川さえ引き気味にそう呟く程の一撃。いわゆるプレイボールホームランだった。

打った瞬間に確信はしたものの、走塁練習も、と考えトップスピードに入ろうとしていた佐多は、一、二塁間で速度を緩める。


「(計測は…149か。149ってこんなもん?)」


二塁ベースを踏みながら、佐多が思い出すのは久松との対戦だった。


「(えらい早く感じたんだよな。あの最後のストレート…。でも145くらいって津田さん言ってたし…。一軍と二軍ってそんなレベル違うわけ?)」


ジョグでダイヤモンドを一周した後、ベンチでチームメイトからの祝福と労いを受ける。

笑顔で対応した後、二軍監督の蜷川が佐多に声をかけた。


「ナーイスバッティン。で、どうだった?初めての実践はァよ」

「ありがとうございます!あー、そうですね…。なんというか…、怖くなかったです」

「こりゃまたわけわからん事いい出したな。何がだよ?教えてみ?」


感覚の言語化というのは、上達するのには必要なフィードバックであるが、それにもセンスというものがある。

吉永という得体の知れない眼力をもつ男と、津田という分析のスペシャリストと、久松という理屈を前に出してのみ口を割る男。それぞれその才能を買っている佐多がどんな風に打席での風景を語るのか。

野手転向の折、自分を客観的に捉え、それを言葉にしてみせた佐多を今更推し量る必要はないが、それでも楽しみに思い、蜷川は背筋に走る好奇心を抑えながら問うた。


「速く見えなかったと言うべきなのかも知れないんですけど、ボールが見やすい感じがしました。回転数だとかコースだとか色々あるとは思いますが…。久松さんのあの高めのストレート、あれよりうんと遅く見えたというか」

「…なるほどねぇ」


状況などの後押しもあるのだろうが、佐多がこうした物言いをすることに蜷川は少し驚いた。

あんだけスカンスカン打っといてそんな高い感じの評価してんの?とは忌憚ない蜷川の考えである。

一軍と二軍には天地とは言わないまでも大きな差があると蜷川は知っている。

だからこそ、その間で彷徨っていた久松が評価されるのは意外だった。何故なら先述の通り佐多からボコボコに打たれている訳で。


「久松はまぁ確かに一軍上がってから頑張ってるよな。プロ初セーブも上げたし。レベルアップしてるのは間違いねぇんだろうけど…。佐多、お前とやった時は休み明けでしかも成績良化する前だぞ?あいつの何がそんなに?」

「最後に投げられたストレートです。あれだけは本当になんで打てたのかわかりません。投げられた瞬間ゾッとするようなボールでした」


佐多すらそんな言葉でしか語れない極めて抽象的な久松のボール。理屈で語れない何かを持つもの。かつて一軍コーチとして、ベンチからすら怖気を覚えた大投手がふと思い出される。


「レーンみてぇなもんか…?あんときゃ誰も打てん雰囲気が確かにあったけども、久松にもそういうアレがあると?」

「レーンってあの、ゆら川にいた」

「そうそう。ゆら川がまだドートンなんちゃらって名前だった頃の守護神。あいつン球ァ速かったな〜」


近頃めっきり見えなくなったと感じる己の目を擦り、蜷川は考えを改める。


「まァ、佐多ほど打てるやつがそう言うんだからそうなんだろうな。これからもリリーフやるならそういう、精神的に来るような球を投げられるのはちょうどいいこったろう」


きっと久松は何かを掴みかけているのだろう。であるなら、俺が心配したり檄を入れる必要はあるまい。そう考えて、蜷川は佐多を解放した後もその一挙手一投足に目を向ける。

先ほどホームランを打った遊撃手のそつのない守備に、新一軍監督の見識と自らの不明を殊更感じつつ、この選手を絶対にモノにしなければと心に誓った。

レーン…サミー・レーン。この世界におけるサファテ的存在と思っていただければ

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