9/21 対帝東ブレイブス 第25回戦②
「ナイバッチでした」
2回目の打席を迎えた篠原に、帝東ブレイブスのキャッチャーである芳賀がそう声をかける。
ボックスから足を出し、落ち着くように一呼吸おいて篠原は返事をした。
「おお、ありがとう。あんま声聞いたことないなと思ってびっくりしたわ。てっきり喋るの好かんもんやと」
「必要以上に喋る気はないですけど、ただ、同じキャッチャーとして最後に一言くらいはと思いまして」
「そうか。最後と言わずもう一本打ったろか?」
「はは、抑えますよ次は」
そう言葉を交わし、会話が途切れる。
篠原はベース周りの土をヘッドでいじると、くるりと回し構えを取った。
5回裏2アウトランナーなし、1点リードの場面。勝つならば追加点が欲しい頃合いではあった。ブレイブスの投手は、先発の大田原が未だマウンドに立ち続けている。いい投手だがスタミナにやや課題があり、2巡目3巡目ともなれば捉えられないほどでもない。球種を絞っているならば尚更だ。
そう考えた篠原の膝元にツーシームが落ちる。前の打席で投げてきたストレートに比べ、確実に投げ込む場所も選ばれていた。
「(なるほど、次の回1からキリよく始められたくないと。912の並びで6回裏。最悪9番に代打切ってくれる可能性まで見れば、俺をしっかりここで打ち取る方が試合単位でもシーズン単位でもアドバンテージになるね)」
明らかに質のいいボールを見送った篠原はそう脳内で電卓を叩く。
「(となると低めで小さく動くボール中心か。ツーシームカッターあたりを早めに転がさせて球数を抑えたいって感じやな。ゾーンビタビタに来るかは怪しいし、低めは切って浮いてきた球に反応すればいい。インコースのストレートを打ってる分、内に投げ込む球種と状況は少なくなるはずや。いずれ甘めに動くボールが来る。さっきと同じでバットを下に潜り込ませる感覚で準備する)」
肩を軽くすくめて力みと思考をほぐし、篠原は構える。
大田原は芳賀のサインに頷くとゆっくり振りかぶった。
「(!…狙い目!)」
そう思って振ったバットは、想像より2つ分ほど落ちたボールにするりと掻い潜られた。
イメージと違う軌道に、篠原は眉を顰める。
「(…シンカーか?どっちにしろ落ち球で追い込まれたのはキツいねぇ〜…。完ッ全にやられた。嫌でも速球と落ち球の二択を意識させられるし、こういうタイミングでスラカーブあたりを混ぜられると面倒になるな。真っ直ぐ系意識でボックスの後ろに立つと外ゾーン際のクサいスラカーブに届くか怪しい。だからといって今より前に出ると真っ直ぐに差し込まれかねんし、落ち球がしんどくなる!
最悪なのが、インに投げる選択肢が戻ってきたこと…!俺に投げとる真っ直ぐ系2種と今の落ち球、他の奴に投げとるスラ系の球、そしてまだ見せてない変化球がある可能性も考慮に入れ…。それでも内を捨てれば外目を広く見られると思ってたのに、こうなるとインのファストボールにバットが出らんから内外どっちか切るしかない!結局どうやっても後手か!)」
苦境、であるからこそ、篠原は表情を普段のそれに戻す。
この辺りの感情制御は場数ゆえのものだった。
「(ええやんな、こういうのこそ野球やっとるって感じするわ)」
そんなふうに開き直って、視線の先に大田原を捉える。
右腕が投球モーションに入る。篠原はタイミングをとりつつ足を滑らせ、そしてステップした。
「(…インストレー…ト!)」
潰れたような音が響き、球場全体が空を仰ぐ。
149km/hのストレートに完全に差し込まれた形となった打球はキャッチャーファールフライ。
マスクを取った芳賀は早々に落下点に入ると、何事もなく受け止めた。これでチェンジである。
交代による撤収の最中、篠原は芳賀のマスクを拾い上げて持ち主に差し出す。
芳賀はそれを受け取り、ベンチに体を向けながら言った。
「よう当てましたね」
「まぁ来そうやったしな。しかし勝負をあんな焦らんでもいいんやない?」
負け惜しみであり、本心でもある言葉を芳賀にかけ、満足そうにベンチは戻る。
あと3イニング、最低1回は打順が回ってくる。次はどんな勝負になるのかと年甲斐もなく心を躍らせ、篠原はペットボトルの水を一気に飲み干した。




