9/21 対帝東ブレイブス 第25回戦①
どんな選手にも平等にプロの舞台から降りる時は来るが、最後の見せ場を用意してもらえる者はほんの一握りである。例えば、成績著しい者。例えば、チームへの功績多大なりし者。例えばよく愛された者。
引退試合という花道を誂えてもらえるような、その一握りのうちに己が入ることができたのは誇らしいと篠原は思う。
最後の見せ場を用意してもらえるのは先に述べたほんの一握りであるが、自分で最後を決められるところとなると、その数は一握りの中に一粒あるか無いかだ。それでも見せ場があるだけ恵まれているという自覚なのか、篠原は目を細めながらレガースをつける。
日暮れが早くなった9月下旬の空は、西陽が眩しく光りつつも、夜の幕が少し降りてきていた。
3回裏、篠原に打席が回る。
最後の試合の最初の打席、今日は多くて4打席かなと、見慣れたバックスクリーンのアウトカウントを眺め思う。1ナウトランナーなし。未だ味方からヒットは出ていない。
十川が先発で自身がリードしているから、ブレイブス相手であってもそう点は取られないだろうと考えてはいる。しかしながらクロウズの打線は篠原含め頼りない。
来年以降のことを考えると、池田という将来性ある捕手を獲得できているのは大きかったと考えつつ、彼にあやかって少しバットを立てて構える。どうせ最後の試合なのだ。好きにやっていいだろうという心づもりだった。
池田のように構えた選手にはどんなボールが来るのだろう、そんな興味すら湧いていた。
「トーライッ」
審判がコールする。真ん中やや外目にきた初球はストレートだった。多少構えを変えようが8番バッターは8番バッターだなと篠原は自嘲気味に笑みを浮かべた。
いやしかしそれでいい。
それでこそ、捕手として生きてきた甲斐があるというものだ。自分ならばどう攻めるか、相手捕手との知恵比べを楽しむこととしよう。
篠原はそう考え、次来るボールを絞っていく。
初球ストレートを甘めに放ってきたのは自分への手向けなどではなく、状況にかなり余裕があり、手札を晒したくないというのがあるだろう。
0-0とはいえ被安打なし、篠原が塁に出たとしても続くのはピッチャー。ブレイブスは既にリーグ優勝を決め、プレーオフに備えているのもあり、無駄な消耗は避けたいはずだ。
何が鬼札になるかわからないのがポストシーズンだからこそ、相手は余計な情報開示と消耗を嫌がっているだろう。ならば、短期的なリスクは織り込んで、同じ球を続けたいと思うはず。そう読み、ストレートベルト高一点張りで篠原は腹を括った。
2球目をピッチャーが投じる。篠原の読み通り、ベルトの高さにストレートが来る。コースはやや内側だった。いつも通りのステップ幅で踏み込み、振り抜く。
池田の真似をした事でトップの位置が良くなったのか、綺麗に引っ張り込んだ。あわやフェンスを越えるかというレフトオーバーのツーベースヒット。篠原にとって通算513安打目のヒットであり、生涯最後のヒットでもあった。
応援団は三三七拍子を高らかに奏で、ベンチにいるチームメイトたちはそれぞれに拍手を送った。ブルペンにいた久松敬は、しかめ面を浮かべ一度だけ天を仰いだ後、何とか笑顔を浮かべて皆と同じように手を叩いた。
続く十川がなんと右方向へ鋭いヒットを放ち、1死1、3塁が出来上がった。その後、1番に入っていた井戸がショートへのゴロを転がし、ゲッツー崩れで1点をもぎ取った。先制のホームを踏んだベテランをチームメイトは暖かく迎え、それに応えながら篠原は守りの準備を始める。
試合前ぼんやり考えていた、"出来れば勝ちたいな"が、はっきりと勝利への執着に変わっていることを自覚しつつ、本日の主役はポンと膝を叩いた。




