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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
1年目(久松プロ4年目)
29/141

9/2 公示日

甲子園の余韻と暑さが引かない9月を迎えた。

堀江擁する福井英林が優勝し、北陸が歓喜に酔う中、俺は曲がらないカットボールや落差が変わってくれないシンカーを相手に四苦八苦していた。


練習や試合で、握り幅や腕の振り方などを工夫してみてはいるものの、現状上手くいってない。

佐多の苦しみはこういうものだったか、と思いを馳せつつ来る日も来る日も曲がらない変化球を投じるばかりだ。

しかし、まぁ、その。9月にもなってこんなに呑気な事をしていられるのは幸せな事である。

本来ならば戦力外通告を受けてもおかしくなかった時期だ。契約をもらえるありがたみを噛み締めつつ、来季こそは結果を残さなければならない。

そう。もう、涼しい秋風の季節だ。


「おうヒサ。全然一軍あがってこんね」

「え。篠原さん」


ブルペンで投げ込みをしていると、ウェア姿の篠原さんが声をかけてきた。


「お疲れ様です。あれっ篠原さん公示に名前ありましたっけ」

「あったよ。しかしこんクソあちー季節はやっぱ年寄りにゃ堪えるねぇ」


そう言うと篠原さんは手団扇で顔を煽ぐ。


「一色がプロ初の一軍登録ってね。君も頑張らなどんどん下に抜かされてしまうよ」


それでか。もちろん篠原さん自身の体力的な問題もあるだろうが、一色の修学旅行に伴っての降格が本筋らしい。


「ですね。危機感は常に…」

「どれ、投げてみ。危機感を持ってるピッチャーの球がどんなもんか教えてくれんかね」


そういうと、篠原さんは使い込んで色褪せたいつものミットを取り出した。気心知れた戦友の肩にそうするようにパンパンと叩くと、ゆっくりしゃがみ込み、構えた。

ベテラン然とした所作は俺のようなヘッポコピッチャーにすらも、なんとかなるのではないかという落ち着きを齎してくれる。

それは投球練習中であってもそうだった。

どうせ見てもらうなら出来よく、そう思い俺は腕を振った。


「なるほど、休んだ効果はありそうやね」


真っ直ぐ5球、スライダー5球、シンカー5球その他3球程度を受け終わって、篠原さんはそう言った。


「何割?」

「今日出来る10割で投げたつもりです」

「…うん。いいな。今まで中継ぎで投げてた時よりずっといい。藤木さんも自分が休みとらはる前にピッチャー休ませたればよかったんやけどなぁ」


篠原さんが吐いた毒に俺は思わず苦笑いを浮かべる。が、元々こういう毒の1つ2つどころか九つ、十くらいは言う人なのだろう。西日本由来のヤ行で緩んだ言葉遣いに忘れさせられがちだが、そもそもが日本プロ野球界でキャッチャーとして生き残ってきた男である。

権謀術数というには大袈裟かも知れないが、同僚が懐くような人の良さと同時に、敵味方なく利用し、それが才能と認められるような腹黒さ・狡さも備えていた人間なのは想像に難くない。というか、日本のキャッチャーにはそういう性質が求められてしまう。


「あ、そうだ。篠原さんに一つちょっと意見をいただきたいんですが」

「どうしたん」


そう言って俺は、変化球の事で四苦八苦している話と、津田さんからカットボール習得を勧められている話をした。

篠原さんはなるほど、と一つ頷きまた口を開いた。


「津田君ね。カットボール習得はおかしい話やないと思うよ。分かっとるやろけどな。彼はピッチャーに負担がかからんようにするのが第一義の優しいキャッチャーやったし、技術も高かった。特に低めのフレーミングなんか俺一生かかっても同じとこまで行けんと思ったもん。それもあってゴロピー扱わすとほんと上手かったで」


心底からの敗北感を口にして、篠原さんは続ける。


「まぁ今の俺より打ててなかったけどな。ハナシ戻すけど、省エネピッチングを是とする津田君の配球ならカットボールの習得は絶対やろうね。特に久松の球種とはケンカせんわけやし。で、ここからは俺の意見なんやけどな?

津田君の配球の理屈はおかしいところはなんもないんよ。ただ、彼は久松がフライピーやっちゅうのを忘れとる。球種も豊富やしスタミナもあってめちゃめちゃ先発っぽい構成しとるから、それを忘れとる。今季は少なくともリリーバーやんな?ほんならやっぱ三振取れる球欲しくないか?って話になってくる。しかしながら時間は限られとるわけやし、引き出し増やすか課題解決するか、その二択になるわな」


そうなのだ。津田さんの言う事は間違ってないが俺は俺で解決していない課題がある。まさに今篠原さんが言った、三振を取れる球。

今年初めて2軍に落ちた時から、何ら変わらない、大きな課題だ。


「結局、どうなりたいかよ。前も言ったけど」


どうなりたいか。

あの時は何もわからなかったし想像もつかなかった。

今はどうか。まだ自分のことはわからないし、周りが言ってくれる言葉も半信半疑で、染み込んでは来ない。

ただ、来年、俺には与えられる役割がある。与えるに不足ないと見込んでくれている人がいる。

せめて、その、役割を果たす程度の力はなくてはならないと思うし、それを全うするのが目標だ。


「逆転させない、ピッチャーに。安心して見てもらえるピッチャーになりたいと思います。リリーバーとして生きていくなら」


俺がそういうと、篠原さんは一瞬驚いたような顔をして、不敵に笑った。

微笑んでいるような顔ばかり見ていたので、少し新鮮だ。


「…タイトルは?」

「セーブ王か最多登板を1回でもやれる選手に。今の役割で考えるならば、それです」


沈黙が落ちる。

それは別に俺を嗤う為のものではなく、まして否定などをされるような居心地の悪いものでもなかった。


「欲張りやんね。わかった。じゃあまずはシンカー落とせるように。優先度は下がるけど並行してカットの習得や。カットはともかく、シンカーに関しては考えがあるから、とりあえず任せてくれ」


頼りになるベテランの言に、俺はありがたいなと思いつつ頷いた。

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