明暗
勝負の後、俺と佐多と津田さんは、蜷川監督と扇GM、そしてもう1人の背広組とともに契約更改なんかで使っている応接間に通された。
場所が場所なだけにどうしても気が張ってしまう訳だが、扇GMが気を遣って、楽にして構いませんからと言ってくれたので、俺と佐多は同時に息をついた。
「ハッハッハ…。緊張しますよねぇ、契約更改くらいでしか入らない部屋ですし。まま、二人を悪いようにする話ではないので、落ち着いて聞いてくれれば」
GMの柔らかい口調も手伝って、幾分緊張が解れてきた。
二人を、と言ったからか津田さんから総毛立ったような気配があったが気にしないことにしよう。
「まぁ、まず俺から。とりあえず3人ともお疲れさん。久松は休養明けだったけど、流石に一軍で投げるだけあるな。悪くないんじゃねぇか?で、それからバカみてぇに打った佐多。お前よく野手でドラフトかかんなかったよな?いや、ホントに。…で、この勝負になんでスーツのおじさん二人が立ち会ったかって話だけどよ」
蜷川監督が口火を切り、そのまま続ける。
確かになんだって背広組の2人が?というのは俺も佐多も津田さんも思っていた事だ。
「こないだの内緒話、アレ関連だな。結局久松の方にはなんも言わなかったんだけど、いい機会だし、発案者から話をしてもらおうかと思ってよ」
「というと、佐多のコンバートと僕の何がしかはフロントの意向なんですか?」
思わずそう聞く。
口を開いたのは蜷川さんではなく扇GMだった。
「フロント意向、ともまたちょっと違うかもしれませんねぇ。ここに通してる時点で漏らさせる気はありませんが…。今から話す事は最低でも今シーズン終了まで他言してはいけませんよ。場合によっては来シーズンが始まってからも喋られては困る事です」
そこまで言って扇GMは一旦話を切る。
その間が却って事の重大さを引き立てる。
一般企業でいう守秘義務事項とか、こういう感じなんだろうか。
GMの口調に比べ、能天気なことを考えてしまったなと反省しつつ、俺はGMが用意してくれた一拍で思考を整える。
「まず、佐多君のコンバートと久松君の来季起用について。あぁ、久松君についてはまだ本人にも話してないんでしたね。まぁそれはいいとして。これらは、既に内定している次期監督の考えに基づいて計画されたものです。今回偶然にもこんな流れになったと蜷川監督から報告を受けたので、前倒しでチェックだけしようという話になりました。佐多君だけでなく久松君の状態も、です。あぁ、津田アナリストは巻き添え食って気の毒だけど…、まぁこうなった以上来季も契約しなきゃいけなくなったからヨロシク」
1番関係なかったはずの津田さんに1番皺寄せが行くんだろうなぁとぼんやり思いつつ、俺は話の続きに集中する。
横目で津田さんを見たら、良いとも悪いともつかない微妙で独特な表情をしていて笑いそうになったのもある。
GMもそれが面白かったのか、先ほどより砕けた調子で話を続けた。
「それで。今回のコンバート発案者がこちらの吉永君。今はGM補佐として戦力整理・強化の提言をしてもらってます。現役だったのは10年くらい前だし、編成部でも裏方の方だから選手の皆さんとは多分初対面でしょう」
吉永と呼ばれたもう一人の背広の男性が軽く頭を下げた。
「二人に関する詳しい話は後で彼から直接の話がありますから、それを聞いてもらえれば。私からは、少々早いですが契約についてです。あぁ、といっても金額とかではなく来季もウチでやって欲しいですよ、という話でね」
予想だにしないタイミングで来季の選手契約に言及され少々面食らった。もちろんありがたい話ではある。
佐多もどうやら同じような心持ちだったようで、GMと吉永さんと蜷川監督の顔を1回ずつ見回していた。
「佐多君に関しては、野手コンバート前提で話をしていますが…。どうですか?野手に挑戦する気は?」
GMの問いに、佐多はややあって答えた。
「久松さんの球を見て、前の、遊びとは比べものにならないボールでしたけど…。それを打てて、なんとなくですが…。野手なら出来ることはありそうだなと思いましたし、何より野球が好きで、プロとしてプレー出来るなら形を問わず続けたい気持ちはあります。チャンスを頂けるのであれば願ってもありません」
「おお」
「うん、うん。私もそう言ってもらえて嬉しく思います。…さっき吉永君と蜷川さんと私で少し話をしました。この分ならば育成選手ではなく支配下登録選手のままでも期待できるのではないかと考えています。佐多君、どうしますか」
支配下登録選手。
ものすごくざっくりいうなら、一軍の試合に出られる資格がある選手のことだ。
野手から投手、投手から野手へのコンバートを行う際、大抵の選手はリスクヘッジのため、あるいはシーズン中に使える選手を増やすため、育成選手契約を結ぶことが多い。つまり、そのシーズンの戦力と見做されないということだ。
こうしたケースが多いのは、そもそも球団にとって支配下登録するメリットがほぼないのも理由としてあるわけだが。
しかし、佐多は支配下登録選手のままコンバートされる権利を勝ち取った。
球団からの、ドラフト1位選手への、或いは首脳陣都合によるコンバートへの、贖罪や誠意の表れとも言える。
無論、GMの期待という言葉通り、リターンが見込めるというところがなければ発生しなかったものでもあるだろう。
「是非支配下で!ご期待に添えるよう頑張ります!」
戦力外を覚悟した身からすれば望外の提案といえるそれに、一も二もなく佐多は元気に返事をした。
それを見て年長の3人はにこりと笑った。
そして、吉永と呼ばれた背広の男が扇GMの後を受けて話を始めた。
「さて、改めて。吉永です。津田君は以前アナリティクスチーム立ち上げの時にお会いしてるからお久しぶりになるね。久松君、佐多君は初めまして。オ・リーグのノシマファルコンズで3年、その後はコ・リーグに移ってきてゆら川で2年、残り5年は京央でやらせてもらって、それからずっと扇さんと、フロントや編成で働いてます。今回藤木さんの後を受けて監督になる予定です。よろしく」
吉永さん、もとい吉永新監督がそう言ってまた頭を下げるので、俺たち3人も応じて頭を下げた。
「さて、私からは来季の起用法について。といっても佐多君はまずホープフルリーグに出てもらってもう少し様子を見させてもらいたい。この話のメインは久松君だ」
「僕ですか?」
「うん。君には来季、週2で長いイニングを投げてもらおうと思っている。リリーフで、ね」
「…ん?と、言われますと…?」
週2。まぁ、わかる。
中4日は、とりわけアメリカでの先発ローテーションを回す際に採用される登板間隔だが、それより間隔を短くするというのだろう。
いや、わからん。
先発でなくリリーフで長いイニングを中3で回すのか?
「ははは、やる事が前時代的だからね。困惑するのは無理もない。わかりやすく3イニングクローザー、とでも言おうか。君のチームへの貢献意識は蜷川さんからよく聞かされている。ただ、これまで通り敗戦処理ばかりでは自信もつくまい。だからこそ、来季は数字も積み上げてもらいたい。最多セーブのタイトルも見つつ、ね」
セーブが記録されるのは、大抵9回に3点以内の点差で、3つ目のアウトを取ってチームが勝利した場合だ。
それ以外にも点差に関係なくチームが勝っている状態で3イニング以上投げればセーブがつく。
吉永監督は後者の条件のことを言っているのだろう。
3イニング投げてセーブを上げられるよう使うからセーブ王を目指せ?
確かに前時代的だ。
「私が試算した感じ大体40登板くらいかな。額面通りなら120イニング消化。相当な負荷だとは思う。しかし、先発も中継ぎも両睨み出来て、球種も多め。なにより頑丈な君ならばこの激務に耐えうるはずだ。どうかやってくれないだろうか」
「わかりました。僕は構いません」
二つ返事で了承する。というかこういう状況になった時点で断る事は不可能だし。
「はは…。即答してもらえるとは思わなかったよ」
「4年もお世話になっているチームに貢献出来ていませんし、ブッ壊れない事だけが今のところの取り柄なので、多少は無茶させられるのも仕方ないと思っていますから」
「…怖いなぁ。蜷川さん、最近のコってみんなこんな感じなの?」
「ンなワケ!コイツぁ特別卑屈だよ。これでいてそんなに投げたがりも嫌がりもしねぇしさぁ。機械だよ機械。ピッチングマシーン。あ、アレよ?打たれやすいとかそういう意味じゃなくてな?機械のように投げるって、そんな感じでさ」
「蜷川さんもコンプラ研修受けときます?10月にやりますよ」
蜷川監督のよく回る口に、GMが掣肘なのか悪ふざけなのかわからない台詞を吐くのを尻目に、吉永監督は少し思案してこう言った。
「君の献身の意はしっかり考慮する。こちらも出来うる限りの手を打って負担を軽減しようと考えているから。で、蜷川監督のいう内緒話に繋がるんだが…。少し気が早い話にはなるがね、君らの起用法そのものを来季への布石としたい」
俺と佐多は首を傾げ、津田さんもピンときてない様子の顔をする。
津田さんに関してはずっと蚊帳の外だから仕方ないのだが。
「私の就任発表はおそらく10月あたまから中旬くらい。佐多君のコンバートは就任直後になったら即ぶち上げる。要は、私の育成計画・起用法の目玉にするんだ。そして、久松君の3イニングクローザー起用は徹底的に隠す。キャンプはもちろん、オープン戦、シーズンが始まり、初戦の7回を迎えるその時まで、徹底的にだ。それまで久松君には、ローテに入る先発投手として振る舞ってもらう。ドラフト1位投手のコンバートは、各球団だけでなくマスコミ各社すら目を離せないだろう。そうすると、他の選手への注目や警戒は一気に落ちるはずだ。冬場先発調整をしてた投手の中継ぎ配置なんて気配も悟れない程度に、ね。盤外戦術にすらならないかもしれないが、虚をつき、予想をとにかく外す。そしてその隙や混乱を最大限活かし、生まれた風聞や印象をも使い切って勝つ。そう、時にはマスコミにブラフを吐き、必要なら、策を味方にすら話さないとも」
卑怯と思うかな?と吉永監督は笑い、そして、こう言った。
「我々は最下位。もちろん、ルールを破って何かするという事はないさ。穴をつくような事もする気はない。ただ、至って弱いが故に、合理を以て指針とし、勝つ為ならば、使えるものを使い切る。佐多君は日向に、久松君は陰に。いや、それが入れ替わったって構わない。どうか私に君たちの力を貸して欲しい」
意味わからん固有名詞多用してるのでちゃんとどこかで説明をしなければと思う今日この頃




