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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
141/141

9/16 対帝東ブレイブス 第22回戦

とうとう我がチームは優勝マジックを3まで減らし、シーズン最終盤を迎えた。

追っても追っても一切追いつかなさそうな頃を思うと、追われる立場になるというのは大層不思議な感覚だ。


去年も歯を食いしばって上位に追い縋っていたつもりだが、それとはまた違う消耗を感じていた。

とまれ、あと一つ勝てば優勝がほぼ確実になる。そんな状況で先発するというのはなかなか緊張するところではあるが、だから力を発揮できなかったなどという言い訳は通用しない。まして俺は、相対的とはいえ年長組に当たるのだから。

そう虚勢を張り、プレートを踏む。今日の相手は今季Bクラスの、更に深みへと沈み込んだ帝東打線。


かのチームがパワフルな打線と分厚い先発陣でリーグを席捲したのも今は昔。

新任の山之内監督はもちろん、ブレイブスフロントも堀越政権末期の負債を処理しきれず、あらゆるものが音を立てて崩れているのが現状だ。例えば、藤田や大田原ら主力選手の怪我。例えば、象徴的選手である山上さんの退団確定。夢から覚めたように悪いこと嫌なことが折り重なる、いわゆる暗黒期。その入口にある線を思いっきり通り過ぎてしまっていた。

だからこそ、1回をあっさりと抑えた上でこの打者を迎えるのが色んな意味で嫌になる。


「2回の表、ブレイブスの攻撃は、4番、レフト山上。背番号、8」


栄華を誇った帝東の象徴であり、今年引退打診を断って、チームを出て行くことが決まっている老兵。言い方は悪いが追い出す選手を中軸に据えざるを得ないのを見るに、ブレイブスの選手層はよほどの状態なのだろう。


山上さんについては、正直、以前ほどの気の漲りは感じない。頭の数字を見ると残りの安打数は1。だろうとは思ったが、一時代を築いた選手の末路がこれだと考えるとやるせない。

とはいえ、ブレイブスもまだ試合を残している。この試合で打つこたないだろうと、池田のサインに頷き真っ直ぐを放る。

シーズン最序盤に比べると、力が落ちた137キロのストレートを、山上さんはファウルチップにした。飛んだ先は真後ろで、タイミングは合っているようだ。

2年前には自分のツボに真っ直ぐが来るよう撒き餌を仕掛けてくるような打者だったが、140行かないボールをアジャストしても前に飛ばせず、手を握っては開いてを繰り返している。


「(真っ直ぐで押し込みは出来てるっぽいか。ただ、多分この強度を下回ると前に飛ぶんだろうな)」


そう考えつつ、カッターを外目に投げ込む。

すると山上さんは、しまったというような顔をしておっとり刀にバットを出す。

当然それが当たるはずもなく、あっさりと追い込んだ。

そしてその後、高めの釣り球にこそ手は出さなかったものの、うちごろのコースから落ちて行くスプリットチェンジを空振って三振。ひとまずカウントは減らず。


「(よし、ひとまず落ち着けるな)」


そう考えつつ5番打者も打ち取って、2アウトの指を作り内外野へと向けて振り回す。

も一つアウトでチェンジだ、そう考えていたが打者の上の数字を認識して眉間に皺がよる。


「6番セカンド、遠山。背番号31」


彼は確か、4〜5年目くらいの高卒内野手。これまた残り安打数1ときた。

長めに息を吐き出して、池田の指先を見る。

打席ごとの重みというのは、先発とリリーフで違うが、それは決して良し悪しの話ではない。3勝先取の勝負か1回こっきりの勝負か、至極単純にそれだけの話。

先発として戦っている時の俺は、ただひたすらに、この最後の1安打を試合のどこで打たれるのかを気にし続ける事しか出来ていない。


初球、右打席に立つ遠山の足元にカッターを投げ込む。ボテボテのサードゴロになったが、流石に若手でセンターラインを守る選手。サードの野口さんの肩と競争になったが、これを制し内野安打とした。


「(これで6番は事実上長打0の安牌になったか。…いやぁ我ながら狡い安心の仕方だよなぁ)」


どんな形であれ、打球の処理のされ方と記録員の判断で以てヒットは成立する。足で稼いだヒットだろうが場外に飛んでいったホームランだろうが、記録上、一本は一本だ。

先発投手として1ゲームを形作る役割を与えられているからこそ、残り安打数が1か0かというのは心理的に大きく作用する。よほどのことがない限り、その打者の出番で失点する事は無くなるからである。優勝がかかっているこの一番で、消耗や損害が出ないタイミングがあるのは大きい。

ただまぁ、スポーツ選手としてそれを両手を挙げて喜ぶかどうかというのはまた別だ。

モヤモヤしたまま、後続にあたり、これを抑える。とりあえずランナー残塁で点を取られずに済んだのは収穫だったろう。


試合はクロウズ圧倒的有利で進み、迎えた7回。2番を抑えたものの、3番にヒットを許し、ランナーをおいて山上さんと3度目の対戦となった。

6-0と点差は充分あり、ホームランを打たれたとしてもまだ余裕はある。なんなら、後続を断てればHQSすら達成した事になる。色んな意味で勝負の打席だろう。

軽く素振りをし、サードコーチャーのサインを見届けてから、山上さんがボックスに入ってくる。


「(山上さん、確実に反応は悪いけどスイングは強いんだよな。ぬるい球投げたら持ってかれるか)」


ランナーは東。足の速い選手で、ゲッツーを嫌って動かしてくる可能性はある。となると真っ直ぐ系主体になるのだが。


「(第一打席で出力高い時のボールにタイミングあってんだよな。…ここか?ここで打つ感じか?)」


ぞっとしない想像が頭をよぎる。

そして待っていたサインは真っ直ぐ。最近インサイドワークが良くなってきたと評判の池田だが、根本的なところはあまり変わらない。それが良さでもあるのでなんとも言い難いが。

どっちにしろ、初球でも関係なく振ってくるタイプのバッターだし、狙い球っぽい真っ直ぐよりはカッターやツーシームの方がいいのではと首を振ってみる。露骨に首を傾げやがるコイツ。

そんな池田から代わりに提案されたのはカッター。速度の担保や逃げて行くボールというのを考えれば、投げる球としてもバッテリー間の落とし所としても妥当だろう。

頷いて、構えられた外目にカッターを投げ込む。山上さんは無反応…と思っていたら、えらくゆっくりとバットを振り回してきた。


「(あ…?…アシストスイング!いつ走った…?内野声出してたか!?)」


捕手によるセカンドスローの邪魔にならないよう、咄嗟に身を屈める。が、ランナーは走っていない。ホームベースの方に視線を戻すと、怪訝な様子で、俺が立ち上がるのを待っている池田と、何事もなかったようにサードの方を向く山上さんの姿。


「(なんだ今の?サイン出てたけど走れなかっただけか?…いや、山上さんがわざとそういう風に振った可能性もある。こんだけ点差あってランナー単独で動かすのは正直悪手…。だけど新任監督だもんな。これが堀越監督だったら100パー撒き餌だと判断出来るけど、サインの可能性を否定しきれはしないか)」


膝についた土を軽く払いつつ、そこまで思考を進める。

受け取ったボールの縫い目をなぞった後、白い革の部分の感触を親指の腹で確かめる。

プロ野球において、数字上の効率というのはそこまで優先されない。

プレイヤーの肌感覚や監督の視点、チームカラーにドクトリン、それぞれの要素が複雑に、加えて興行性とも絡み合って、"総合的に最善の作戦"が捻り出されるのだ。

10点差で負けていようとやりたい野球を通すため、とにかく(勝ち負けは考えず)1点を取りに行く為にバントをする事だってあり得る。

とりわけ、新任監督にはそうした面が見られやすい。

サインの可能性を消しきれないのは、ここに理由がある。

恐らくはその辺も加味させるよう意図しての山上さんの仕掛けなのだろう。


「(…走らせる意味自体は薄いから、ここは山上さんの仕掛けだと仮定する。意図はなんだろうな。盗塁を強烈に意識させられた事を考えると、シンプルにストレートを放らせたいとかか?というか極論サイン無視してやりたい放題出来るしな山上さん)」


流石にそれは考え過ぎだと可能性から消すとして、状況を加味しつつ思考を展開する。

カウントが進むのを待たずにいきなり仕掛けてきたのを考えると、まず、追い込まれるのは嫌がっていそうだ。

対戦自体は何度もある上、撒き餌を撒くくらいだから、俺が真っ直ぐを多用する事は把握済みとみるべきだろう。

やはり、ストレートを誘っているか。それも、恐らくアウトハイあたり。ハイボールならまだまだ放り込めるとアピールしたいのかもしれない。流し打ちになればコンタクト力もアピール出来るし、守備体系も盗塁警戒で三遊間がガラ空きになる。

逆に言えば、真っ直ぐならば無理にでも手出しに来る可能性がある。追い込むチャンスだ。


池田のサインはさっき投げさせられなかった真っ直ぐだった。構えた位置はイン低め。想定通りならば裏をかけるコースだ。俺はこれに頷き、投球動作を開始する。

それに合わせて、山上さんが足を上げ、踏み込む。おい待て。なんで開き気味に足裏が接地する。

気づいた時にはどうにもならない。祈りながら手を離したボールは、しっかりとインローへ伸びていき、そしてそれを山上さんが引っ叩く。


「(…ライナーか!あぶねぇライト真正面…)」


完璧に捉え過ぎた打球は、球足が速かった上にライトの正面をついた。

ランナーの東はスタートを切りきれず、2塁でストップする事となっている。しかし、裏の裏を読まれていたとは。これが最後のヒットで本当に助かったと思わず考えてしまう。

安堵と動揺にかまけてしまったためか、続く打者にもヒットを許してしまい、これで一死満塁。


だが次の打者は、もう安打のない遠山だった。


「(点を取られる可能性としては、パッと思いつくだけでも犠牲フライにゲッツー崩れ、エラーとフォアボール。まぁ、油断は当然出来んわな)」


ウチの監督に動く気配はなし。いつも通りケツは自分で拭けという事らしい。

ヒットがないという前提で配球を考えるのもなかなか難しいが、とにかくゾーン内勝負を意識するべきだろう。

となると、頷くべき球種は真っ直ぐかスライダーあたりか。

頭の整理が終わり、サインを見る。真っ直ぐか。迷う事なく頷き、ボールを放ろうとした瞬間、真後ろから野口さんの声が飛ぶ。


「逃げた!」


その声と同時に、遠山がバットを横に寝せてバントの構えを作った。

おい。今じゃねぇだろ。6-0で7回だぞ。なんでそんな変な博打打つんだよ。1点ずつ返して間に合うような点差じゃねぇだろ。敵ながらそんな言葉が浮かんでくる。

そして転がった先は俺の真正面。グラブトスでホーム封殺。そして池田がファーストに送ってダブルプレー成立。

ヒットがないと分かっていたとはいえ、この展開は読めなかった。


ボールを目で追っている時に見えた、遠山が走りながら天を仰ぐ様子と、山上さんのなんともいえない憮然とした表情が、俺にはどうしてもやりきれなかった。

久松の成績(9/2終了時点)


登板数:26 投球回数:114回 奪三振:127 四死球:31 防御率:2.45 7勝4敗9セーブ

先発成績 投球回数:104回 奪三振:113 四死球:20 防御率:2.42 QS率:81% HQS率:25%

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